やく束は守もります
「ごめんね。お待たせしました」
トレイに湯呑みふたつと、唐辛子せんべいの器を乗せて振り返った香月は、今度こそ本当に息を止めた。
梨田の前には、ベッドの下に放り込んだはずの雑誌が広がっていた。
そして梨田は悪びれもせず、付箋のついたページから顔を上げる。
「たくさん聞きたいことはあるんだけど、とりあえずはごめん。勝手に見ちゃった」
パラパラとページをめくる音がする。
何度も読んだ将棋雑誌。
小さな記事にさえ貼られた付箋。
古いものは、梨田の奨励会の成績に関するものだ。
動揺を抑え、とりあえず機械的に湯呑みと器を梨田の前に置く。
その時、梨田が雑誌に挟んであった紙を開いた。
「あ!それ、ダメ!」
慌てて手を伸ばすも、梨田はそれをさらっとかわす。
「あっぶない!火傷するよ?」
湯呑みをテーブルの端に寄せながら、梨田はしっかりと紙を見る。
「へー、これはすごいね!よく見つけたなー」
それは梨田が新聞に寄せたコラムだった。
全国紙の夕刊に載ったそれは、地方にいる香月には入手できず、関東に住む友人に頼んで記事を撮った画像を送ってもらったものだ。
下着を見られた方が、まだマシだと思えるほどの羞恥だった。
顔は赤くなるどころかむしろ青ざめ、湯呑みを包み込む両手をじっと見つめて、梨田から目を逸らす。
もうもうと湯気が上がるそれはさすがに熱くて、少し抱えては手を離す、を繰り返した。
ふーっと静かな溜息を、梨田は鼻から漏らした。
顔を見なくても、何か考え込んでいる気配が、間近で感じられた。
「香月はやっぱり、嘘つきなんだな。特に、笑ってるときは怪しい」
パタンと強い音がして雑誌が閉じられ、テーブルの上に数冊揃えて重ねられた。
その音に反応して目線を上げると、梨田は対局のときと同じような強い気配で香月に迫る。
「昔のことはだいたい想像がついてる。結婚のことは、気にはなるけど今はいいや。俺のこと知ってたくせに隠した理由とか、この前の道場での態度については、想像じゃなくてちゃんと聞きたい」