いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~


いち君が私を庇うように、彼女との間に立つけれど、その背中は戸惑っている。


「父さん……」

「ふむ。こういうことだな。私がいつまでも好き放題していると、これから家族になるやもしれない者まで傷つけると。確かにこれは一度考えを改めなければならないな」


呆然と社長を見つめる坂巻さん。

社長は彼女を黒服の部下らしき男性に預けると、私たちをその視界に捉えた。


「坂巻のことはこちらで話し合う。沙優さん、すまなかった」

「い、いえ……」

「はじめ」

「はい」


いち君の声は固いけれど、やはりいつもより困惑しているようだ。


「詫びとして、約束通りお前の好きなようにしなさい」

「は、はい。ありがとう、ございます」


東條社長はいち君の返事を聞くと、すぐに踵を返して坂巻さんを連れて車に乗り込む。

それを見送りながら、私はいち君が着るシャツの背を引っ張った。


「つまり?」


それだけ問いかけると彼は振り返って肩をすくめてから微笑む。


「父が持ってきた新たな縁談は白紙に。君との結婚に向けて好きなようにやれ、かな?」


あとは、少し落ち着くきっかけになればいいけど、まあそれは様子見かな、なんて続けたいち君は少し嬉しそうだ。


「いち君、良かったね」


私は彼の隣に立ち、去っていくリムジンを見つめる。

いち君も同じように自分の父が乗る車を見送りながら呟いた。


「そうだね……まあ、父さんも年取ったのかも」


今までのわだかまりは簡単に解消されないかもしれないけど、きっといい方向に向かうだろう。

そんな予感を胸に秘め、私たちは手を繋ぐと微笑みあった。


< 249 / 252 >

この作品をシェア

pagetop