恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!

 午後からの仕事はカウンター業務だ。カウンターに座って打ち込み作業をしながら、来館者の質問に答えたり、館内を案内しながら時間を過ごした。そんな午後一時過ぎ。

 カウンターの中のパソコンの前に座って、手元の資料に目を通していた時、私の上に影が差した。
 『ご質問の方かな』と思って、「こんにちは」と口にしながら顔を上げた。

 「こんにちは。」

 そこにはにこやかな顔で立っている修平さんがいた。

 「しゅ、」

 彼の名前が口から出そうになるのを慌てて飲み込み、「瀧沢さん」と何とか言い直す。
 そんな私の努力を知ってか知らずか、彼はいつものように私に微笑んで「お疲れ、杏奈。」と言った。
 
 瞬間、カウンター内や、近くの書棚にいた先輩達の視線を痛いくらい感じる。

 「あ、あの…何かご質問でしょうか。」
 
 背中に伝う冷たい汗を感じながら、なんとか普通の『利用者の方への対応』を述べる。

 「いや、質問はないよ。これを渡そうと思って来ただけだから。」

 修平さんが差し出した拳の端からキーホルダーの犬がぶら下がっている。
 握っていた鍵を私に渡した彼は、周りの目なんか一つも気にせず会話を続けた。

 「パンク、ちゃんと直ったし、少し錆びついていたところは取ってくれたって、自転車屋さんが。」

 「そ、そうですか…ありがとうございます。」

 なんとか『司書』の態度のまま乗り切ろうと敬語を崩さない私に、目を丸めた修平さんは、「クスっ」と小さく笑ってから

 「じゃあ、俺はこれから職場に戻るから。帰り、気を付けてね。」

 と言って、私の頭をいつものように撫でてから、出入り口の方へと歩いて行った。


 
 
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