生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

50.生贄姫は依頼する。

 話を戻しましょう、と2杯目のカフェオレを飲みながらリーリエは仕切り直す。

「何をするにしても、いきなりこの魔法陣を起動させるのはリスクが高い。魔術省の偽造データだけじゃ断言できないけど、何らかの小規模な実験をしている可能性が高いと私は踏んでいます」

 本家のゲームでは戦争が起きる前に魔力持ちの子ども達を攫う事件とその子どもを使ったエネルギー抽出実験が行われていたとあった。
 魔力の高い貴族の庶子が攫われている事件。
 精神障害を起こす夢魔の大量発生。
 本来のシナリオとは違うけれど、10年前に回避したストーリーに酷似したその事件は、その後の魔法陣イベント発生への布石になっているのではないかとリーリエは思う。

「この魔法陣を壊す方法を、この10年ずっと考えていました。魔術式構築、魔法構成工学、他にもあらゆる分野の魔法関連の学術書を漁ったけれど、ヘレナート様の創造力を超える術式はどこにもありませんでした。スペル1つ無効化することさえ、私には敵わなかった」

 魔術関連についてはスキル特性範囲外だったので、血反吐を吐くほど努力して知識を身につけた。
 それでも、見つからないということは、リーリエでは大賢者の考えの足元にも及ばないということなのだろう。

「このことを公爵は知っているの?」

「こっぴどく怒られました。そしてオリジナルの隠し場所は父にも伝えています。そして、まだ私が魔法が使えている以上、アルカナに持ち込まれた魔法陣は、私が持ち出し隠したオリジナルの魔法陣ではない、ということだけは断言できます」

「なぜ、そう言い切れる?」

 眉間に皺が寄っているテオドールの険しい顔を見たリーリエは、テオドールが嫌がりそうな案件だなと思いつつ観念して話す。

「旦那さまは呪術というものをご存じでしょうか? 賭けるものによって、より強固に働く呪いです」

 リーリエは、自身の心臓のあたりを指さす。

「禁術書庫に戻せるまで誰にも奪わせないために、封じた魔法陣に呪術をかけています。解呪せず持ち出せば、相手が死ぬように。私の呪術が推し負けた場合、呪いは私自身に跳ね返り、私の魔脈が破壊されます。魔脈が破壊されれば魔法は一切つかえなくなりますから、少なくとも保管場所から動いていないと考えていいでしょう」

 何とも言えない表情で見返してくるテオドールにリーリエは申し訳なさそうに微笑む。
 賭けたのは、魔術師としての全て。
 あの時のリーリエには他に賭けられるものが無かったのだ。
 そこまで対策を取っていたというのに、この国にこの魔法陣があるということは少なくとも10年以上前リーリエが持ち出すよりも早くカナン王国の禁術書庫からその情報が流出したことになる。
 そしてそれをさらに改良した誰かがいる。
 ここから先は、ゲームのシナリオとは違うのだ。
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