生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

72.生贄姫は過去を明かす。

 同じベッドで最推しとこんな風に寝るなんて日を想像すらしたことがなかったリーリエは正直全く眠れる気がしない。
 ゴロリと何度目かの寝返りを打った時、

「どうして、リーリエは魔術師に拘るんだ?」

 と隣から声がかけられた。

「寝ろと言ったり話しかけてきたり、忙しい旦那さまですね」

 あんな話をした後だ。
 眠れないのはお互い様かとリーリエは少し揶揄うようにわざとそっけなくそう言った。

「話したくなければいい。変な事を聞いたな」

 テオドールはリーリエとは反対の方を向いたまま、話を打ち切った。
 そんな様子を見てリーリエは仕方ないなと愛おそうに笑ってテオドールの背中に話しかける。

「魔術師の名家の娘が、魔術師を目指して何か可笑しな事でもございますか?」

 ふふっと楽しそうな声が背中から聞こえ、テオドールはそのまま言葉を紡ぐ。

「いや、ただリーリエほど多才なら魔術師以外の道もあったのではないかと思っただけだ」

 リーリエはテオドールの背中にことっと頭を預ける。

「背中を向けているのは、それだけ信頼しているという表れでしょうか? それとも私如きいつでも殺せるという自信の表れでしょうか?」

 通常、テオドールのような人種が背を取らせるような事はない。例えそれが寝る時であっても。

「礼をかく相手に寝物語のついでに語るほど、私の過去は軽くありません。誰に何を吹き込まれましたか?」

 つぶやくように発せられたその声に、テオドールが体を反転させれば、少し得意げな翡翠色の瞳と視線が合う。

「私も少しは、頭がまわってきたでしょう?」

 まぁ10代の身体とはいえ、流石に4徹目はきついけれど。
 してやった、という顔をするリーリエに少し苦笑してテオドールは口を開く。

「アリスティア・アシュレイ、とは何者なんだ?」

 テオドールから意外な人物の名前が出てきて、リーリエは目を丸くする。

「リーリエの魔術師としての拘りにその人物が関わっている気がする」

 ふっと表情を緩めたテオドールがリーリエの蜂蜜色の髪に手を伸ばす。

「俺はまだリーリエ・アシュレイという人物について、ほとんど知らないなと今更ながら思った。知っていれば、できる事もあったかもしれない、と」

 その髪を掬ってそっとテオドールは口付ける。

「知りたい。些細な事でも構わない。リーリエ・アシュレイ、という俺の妻になった人物について」

 リーリエは翡翠色の瞳をゆっくりと瞬く。

「俺は魔術式を組むことは専門外だが、それでもリーリエについて知っていれば、こんなふうに一人で抱え込ませずに何かできることもあるのではないかと」

 テオドールの真剣な声が、リーリエの耳に届く。
 リーリエは目を閉じて、彼女の姿を思い浮かべた。
< 151 / 276 >

この作品をシェア

pagetop