生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

9.生贄姫は旦那さまに物申す。

 今回の夜会の主目的は妃殿下としてのリーリエのお披露目で、儀礼的にダンスを踊ることは分かっていた。
 リーリエにとっては異国で踊る初めてのダンス。テオドールに手を引かれ、ホールの中心でダンスを踊る。

「旦那さまはダンスもお上手なのですね」

 テオドールはとてもリードが上手く、ダンスが踊りやすい。

「世辞はいらん」

「本心ですよ。よく踊られるのですか?」

「こんな近く、俺に近づきたい奴がいると思うか?」

 やや自嘲めいた問いかけに『そんな奴異世界ならごまんと居ますけど』とは言えず、リーリエの笑顔が一瞬固まる。

「たかが一曲だ。我慢しろ」

 リーリエの沈黙を肯定と捉えたのか、テオドールはいつもと変わらない様子でそう命じる。

「随分な言われようでございますね」

 怒気を存分に含んだ声でリーリエはテオドールに言い返す。
 
「旦那さまはご自分の容姿のポテンシャルを舐めすぎでございます」

 淑女の仮面は辛うじて剥がれていなかったが、翡翠色の目は全く笑っていない。

「この国ではどうだか知りませんけれど、オニキスを連想させる美しい黒髪にサファイアのような深い青色の瞳と稀な黄金色に近い琥珀のオッドアイ。加えて精悍な顔立ちにストイックな性格。レイド戦では前衛起用、ボス戦必須な高火力アタッカー、高HP、超スキル持ちで全プレーヤー喉から手が出るくらい欲しい上に、人気ランキング男性部門上位常連組みが何寝言言ってるんですか!?」

 誤解だと今から言っても信じてはもらえないだろう。
 だが、このまま誤解され避け続けられるのは回避したい。
 それよりも何よりも、推しのテオドールを軽んじる発言は頂けない。
 思案した結果、リーリエは踊りながら本心をぶち撒ける事にした。

「前半はともかく、後半に関しては何を言っているのかさっぱりわからないのだが」

 とりあえず怒られているらしい事だけは伝わったテオドールはそう言うだけで精一杯だった。

「旦那さま、他人からの評価など人が、時が、世界が違えば、全く別のモノに変わるのです」

 言い切ってすっかり落ち着いたリーリエは、やっぱり自分のポジションは第三者として遠くから愛でるくらいがいいのかもしれないと苦笑する。
 だが、ファンとしてはこれだけは伝えたい。

「あなたを信じて、側で支える者もいるのです。ご自分の価値を見誤るような発言はおやめください」

 踊り終えた礼をする動作だけは完璧な淑女の姿そのものだった。
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