生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

81.生贄姫は敵意を向けられる。

 社交場の会場から少し離れた森の中で、レオンハルトと対峙するリーリエは、じっと彼を観察する。人の顔と名前を覚えるのは得意な方だが、既視感はあれど脳内のデータベースに一致しない。

「あははっ!緊張してるねっ、かわいい」

 屈託なく笑うその様は、無邪気過ぎて見た目の年齢にそぐわず、違和感を覚える。

「ええ、そうですね。レオンハルト殿下とお話しする機会など、そうあるものでは」

 そう言いかけたリーリエは言葉を止め、足を蹴って後ろに後退する。高いヒールでバランスを崩し、地面に手をついて体勢を整えた。

「すっごい反射神経。避けられると思わなかったー」

 ニコニコ笑いながら大鎌を片手に菫色の髪をかきあげるその人は、とても楽しそうでまるで遊んでいるかのようだった。

「いきなりですね。私の命を狙う理由をお伺いしても?」

 リーリエは視線をレオンハルトから外さずにヒールを脱ぎ捨てながら尋ねる。

「命、って言うか、人格?」

 大鎌の重量などまるで感じさせない軽やかさで、武器をくるくると振り回し、レオンハルトは首を傾げる。

「人格?」

「ねぇ、ルカ。僕の事まだ思い出せない?」

 レオンハルトから聞かれた"ルカ"という聞き覚えのない人物の名前。
思い出せない、の意味が分からずリーリエは訝しげな視線を送る。

「どうして、キミはまだキミとしての人格を保っているの? たくさん、混ざっているはずなのに」

「……おっしゃる意味がわかりませんが」

 まるで会話にならない一方的な語りにリーリエは神経を研ぎ澄ます。

「ねぇ、キミはその人がその人であると定義づけるモノはなんだと思う?」

レオンハルトはとても楽しそうに話し出す。

「自己認識? 他者評価? 遺伝子情報?」

 その笑顔は見惚れるくらい綺麗なのに、ぞっとするほど寒気がした。
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