生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「優しくできない日があってもいいんです。そんな日は、私にもあるから。そんな夜は、一緒に"楽しい"か"好き"を見つけてみませんか?」

「……楽しい?」

 リーリエはゆっくり頷く。

「お酒を一緒に飲むのもいいかもしれないし、ただ取り止めもなく話すだけでもいいし、ただ一緒にいるだけで、何もしなくてもいいの。眠りたいならホットミルクを淹れましょうか? 私、子守唄は得意ですよ。読書をしたり、夜の散歩に出たり、星を見たり、今までだって一緒に色々してきたでしょう?」

 リーリエはテオドールの手に自分の手を絡める。繋がれた指先から、テオドールは確かに自分以外の温度を感じる。

「そんな風に、一緒にいちゃダメ?」

 翡翠色の瞳が瞬きをすると、そこから涙が落ちた。

「なんで、リィが泣くんだよ」

「あなたが泣かないからでしょ」

 どうしようもない夜はきっとこれからだって何度でもやってくるのだろう。
 それでも、そんな日があっていいと許してくれるリーリエが側にいるのなら。

「たまには、甘えてくれてもいいでしょ? 私はあなたの妻なのですから」

 そんな夜をリーリエを傷つけずに一緒に越えることができるだろうか?

「リィ、寒い……んだ」

「窓、開けっぱなしだからです。こんなに冷えてしまって、本当に風邪をひきますよ」

 ベッドから抜け出したリーリエは窓を閉じる。そんなリーリエのことを後ろから抱きしめたテオドールは、彼女の肩に頭を乗せる。

「……何か、して欲しいことはありますか?」

「……名前、呼んでくれるか?」

「テオドール様」

 リーリエはそのままテオドールの名前を呼ぶ。

「テオドール・アルテミス・アルカナ様。私の最愛の推しの名前」

 リーリエは抱きしめている腕に自分の手を重ねる。

「そして、私の大切な家族で、私の愛しい旦那さま」

 テオドールが拘束を緩めたので、リーリエはくるりと体を反転させてテオドールの顔を見る。
 青と金の瞳には、今度は確かにリーリエが写っていた。

「テオ様、あなたが好きです。なので、今日はお側に置いてもらえませんか?」

 抱きしめられた華奢な身体から、体温が伝わる。ひとりではない、ということにテオドールの冷えた体が熱を思い出す。

「リィ」

 たった一人、テオドールを家族だと主張するその存在に、どうしようもなく救われた気がした。

「側に、居て欲しい」

「はい、喜んで」

 リーリエはテオドールを抱きしめてそう言って、優しく笑った。
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