生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 リーリエはステラリアを横に寝かせ気道を確保し、脈を図る。嘔吐はないが呼気からはかなり強いアルコール臭がした。

「これは急性アルコール中毒ですね。今から応急処置を行いますので、旦那さま、お手伝い願えますか?」

「毒? だが、会場内の飲食物には浄化魔法をかけてあるし、宮廷魔術医の毒無効化も効かなかったが」

「通常の”毒”ではございません。アルコールも過剰摂取すれば体が耐えられず、”毒”と成り得るのです」

 リーリエは早口で説明しながらも手を動かし、ドレスの下でステラリアを締め付けるコルセットを風魔法で裁ち、血液循環を促す。

「旦那さまはこちらで”経口補水液”の作成をお願いします」

 リーリエは瓶に入った水と2種類の白い粉、レモンとともにメモをテオドールに差し出す。
 メモにはリーリエの几帳面な文字で水1リットルに対し、塩3g、砂糖40g、レモン液数滴入れてよく混ぜるを記入してあった。

「どこから出てきたそれは? というか経口……? なんだそれは?」

「備えあれば、ですよ。旦那さま。まぁ、お薬とでも思ってくださいませ」

 リーリエはなれた手つきで処置を続けようとするが、

「何をしているのです! 私が回復魔法をかけますので、お退きください」

「貴様ら、ステラリアから離れろ!!」

 我に返った宮廷魔術医とリオール侯爵が二人掛かりでリーリエを押さえつけようと背後から手を延ばす。
 だが、リーリエにその手が届くことはなかった。

「これでいいか? リーリエ」

 片足で二人を薙ぎ払ったテオドールは、リーリエのメモ通り作った経口補水液を彼女に渡しながら、

「こいつら片付けとけ。邪魔だ」

 と側にいた使用人に顎で指示していた。
 初めて名前を呼ばれたことと、テオドールに助けられた事実に驚き、翡翠色の瞳が大きく瞬く。

「どうした? 急ぐのだろう?」

「信じて……くださるのですか?」

 何てことのないようにテオドールはそういうが、この世界の医療はあまり発達していない。
 貴重な回復魔法があればそれで事足りると信じて疑わない世界のなかで、リーリエの行動は人々にとって異常に映る。
 テオドールにとっても、もちろん奇異な行動に見えたはずだ。

「責任はすべて俺がとる。リーリエは、思うとおりにやれ」

 リーリエの頭に軽く手をのせたテオドールの色違いの双眸が真っ直ぐにリーリエを射抜く。

「はい! お任せください、旦那さま」

 こんなところでファンサービスしないで欲しい。
 そんなかっこいいセリフを言われたら全力で応えるしかないじゃないかと悶えそうになるのをぐっと押し殺し、リーリエはなんとか平静を保つことに成功した。
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