生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「話は以上だ」

「はい、承知いたしました」

 本当にこれで何もなくなった。
 泣きそうになる自分を隠してリーリエは笑う。ここで泣くのは卑怯だと思う。情に訴えるようなやり方は、可愛くない自分には似合わない。

「さようなら、王弟殿下」

 上手く笑えているだろうか、とリーリエは3年前を思い出してそう言う。
 リーリエの言葉を聞いてテオドールが立ち上がり、声もかけずに去っていく。
 その背を見送り、ドアが閉まって、一人になった空中庭園のベンチに膝を抱え、リーリエは顔を伏せた。

「……っで。いか、ないで……」

 外れた淑女の仮面はどこかにいってしまい、抑えていた感情が溢れ出す。
 縋る言葉と涙で引き留めるなんて、淑女としての自分のプライドが許さない。
 だけど、今だけだからとリーリエは声を殺して何もなくなった指を撫で、終わった関係を思って一人で泣いた。

「……って、一人で泣くくらいなら、人のこと突き放すなよ」

 上から低い声が降って来る。

「マジで見送られるとは思わなかった。本当に面倒臭い上に意地っ張りだな、リーリエは」

 腹が立ったからちょっと意地悪するだけのつもりだったんだがなと、テオドールはそう言ってリーリエの隣に腰掛ける。

「なん……で?」

 顔を上げたリーリエは驚いて翡翠色の目を見開く。
 見送ったあとリーリエは完全に気を抜いていたので、声をかけられるまで戻って来ていたテオドールの気配に全く気づかなかった。

「俺の事過去の男扱いして勝手に諦めた罰。リィの泣き虫は相変わらずだな」

 テオドールは翡翠色の瞳を覗き込み、蜂蜜色の髪を大事そうに撫でる。

「この3年、こっちは死に物狂いで頑張って、ようやく触れられる距離まで来たって言うのに、ホントにひどい女だ」

 文句を言うその声は内容に反してとても優しく、リーリエの耳に届く。

「嘘、だって……一度も連絡、くれ……なっ」

 泣き止まないリーリエを抱きしめて、やりすぎたなと苦笑するテオドールは、

「リィがそれを言うのか? リィだって一度も手紙一枚送って来なかったくせに」

 リーリエを落ち着かせるように背中をトントンと優しく叩きながらそう言った。
 そこを突かれるとリーリエとしては何も言えない。実績を上げるたび、何度も何度も書いた手紙はまるで何かの報告書のようで、なんだか違うような気がして結局出せなかったのだ。

「……指輪……ない、し」

「今日は外して来たんだ。諸々の説明は後でまとめてするとして、そろそろ泣き止んでくれないか?」

 リィに泣かれるのが一番弱いんだよと苦笑するテオドールはリーリエの顔を覗き込む。翡翠色の瞳から落ちる涙をそっと拭って、苦笑する。

「魔法伯授与、おめでとう」

 テオドールが見惚れるくらい綺麗に笑ってそう言うので、

「はい。とっても頑張りました」

 リーリエは負けじと得意げな笑顔を浮かべてそう言った。
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