生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

117.生贄姫は仕返しをする。

 ルイスはコツコツと机を指で叩き、

「なぁ、テオドール」

 呆れたようにテオドールの名前を呼ぶ。

「俺はさ、確かに"口説き落とすまで帰って来るな"って言ったけどね」

 そこで言葉を区切って盛大にため息を漏らしたルイスは、

「誰が籍入れて帰って来いって言った!? あと俺が印押すだけじゃん!! お前バカなの? 普通交際期間とか婚約期間とか諸々の手続きとかあるだろうがっ!!」

 と一気に捲し立てる。
 テオドールとリーリエの結婚を機にカナン王国やアシュレイ公爵家から色々条件を引き出す気でいたルイスはとんだ誤算だと頭痛でもするかのように頭を押さえる。

「まぁ、普通はそうなんだけどな」

 ルイスからのお叱りを受けつつテオドールは視線を逸らす。

「あら、嫌だルゥたら。可愛い義妹が爵位とっての凱旋ですよ。喜んでくれないのかしら?」

 テオドールの隣で揃いの指輪をしているリーリエは、非常ににこやかな表情をしているが全く目が笑っていない。

「リリ、うちの弟今売り手市場ナンバー1だよ? 本来なら高値で売りつける予定だったんだけど」

「ふふっ。嫌だわお義兄様ったら。叙爵された私にご祝儀のひとつもくださらないの? 私が悩んでいたのを知っていながら2年も謀ってくれやがりまして、覚悟できているんでしょうね? この程度で収めてあげる私の懐の深さに感謝してさっさと押印してくださるかしら?」

 リーリエのいうこの程度。
 つまり、一切の交渉の場を持たせない結婚にルイスはため息をつく。

「それにほら、言ったでしょ? 政略結婚は2度と御免だって」

 ふふっと楽しそうに笑うリーリエに、ルイスは2人のすれ違った3年を思い、確かにねと笑い返した。

「テオ、お前これから苦労しろよ。マジで」

 恨み言のように呟いて、ルイスは承認印を押し、

「まぁ、とりあえず。元鞘おめでとう」

 2回目は恋愛結婚かぁとそう言って、笑った。



 時間はテオドールからのプロポーズを受けた後に遡る。
 リーリエは左手の薬指に留まる指輪を見て嬉しそうに笑う。前回はそれぞれの指輪にお互いの名前を入れたが、今回は前世の記憶になぞらえてそれぞれに両方の名前と誓いを綴り、それが消えないように魔法で保護した。

「再婚かぁ。お父様どうやって説得しようかしら」

 家も国も出るつもりで準備していたリーリエは勝手に決めた結婚の説得に悩む。一度連れ戻されているだけに、同じ相手との結婚を簡単に許してもらえる気がしない。

「それに関しては心配いらない」

 はっきり言い切ったテオドールに首を傾げるリーリエの手を取って、テオドールは歩き出す。

「言ったろ? 誰にも何も言わせないくらいの力を手にして迎えに行くって」

 疑問符だらけのリーリエが連れて来られたのは、アシュレイ公爵家(リーリエの実家)で、連絡もなしでテオドールと帰宅したというのに、当然のように迎え入れられた。
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