生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「なんの用だ。ルイス」

「そんなあからさまに嫌がらなくってもいいじゃないか」

「お前が来ると碌な事がない。さっさと用件を言ってさっさと帰れ」

 視線を手元の資料に戻したテオドールは顔も向けずにそう言った。

「まぁ、否定はしないけど、今日は厄介事押し付けに来たんじゃないからそんな警戒しないでよ」

 テオドールのルイスに対する塩対応は今に始まった事ではないので、ルイスもとくに気にする事もなく話し始める。

「なんで今更リリの事調べてるのかなって聞きに来ただけ。押し付けといてなんだけど、案外上手くやってるのだと思ってたんだけどね」

 リリと言うのがリーリエの愛称だと気づきテオドールは顔を上げる。
 政略結婚を持って来たのも命令を下したのもルイスだが、リーリエと愛称で呼び合う仲だとは知らなかった。

「そう睨まないでよ。昔からリリって呼んでるから義妹になったからって今更呼び方改めるのも変だしってだけのことだから」

 言われて初めて睨んでいたらしい事に気づく。ルイスがリーリエをどう呼ぼうが知ったことではないはずなのに、何故か苛立ちが込み上げ、舌打ちをした。

「うわぁ、俺一応テオの上司だからね? 罰する権利あるのに部外者のリリが訓練混じってるの見逃してあげてる俺超優しいー」

「覚えが無いな」

「今更誤魔化さなくていいよ。リリも俺が気づいたことに気づいてる。上手く化けてるけど、動き方の癖がリリだから分かるよ。リリ長剣は苦手だからねぇ」

 昔より随分上達してたけどと付け足すルイスにハッタリではないと確信する。
 テオドールとは違い正妃の第一子、第一王子としてアルカナ王国に生まれたルイスが隣国との外交を通してリーリエと面識があっても不思議ではない。
 どうせ探り合いでルイスに敵う訳もない。
 ならば、とルイスに資料を渡す。

「ここに書かれてあるリーリエの情報は本物か?」

「直球だねー。キミのそういうとこ、嫌いじゃないけど」

 ルイスはざっと目を通す。政略結婚時のリーリエに関する資料。

「本当だよ。間違いなくリーリエ本人のものだし、輿入れしてきたのも本人。流石に政略結婚で王家相手に偽情報出して来ないし、入国時にも"鑑定"検査済み。疑念は晴れた?」

 本人に聞けばいいのに、と資料を雑に机に放る。そこにはリーリエの基本情報が書かれていた。

 リーリエ・アシュレイ。
 アシュレイ公爵家長女。
 魔力適応有り、水・風属性。水・風精霊加護持ち。魔力容量:1500
 スキル『 』 

「聖女だなんて噂が流れてるけど、本当に聖女で回復スキル持ちなら国から出したりしないでしょ」

 回復スキルはそれだけで貴重だ。まず間違いなく国が保護の名の下に囲い込む。
 他国に渡すなどまず有り得ない。

「テオは何が気になってるの? 加護持ち2属性なのに魔力容量が極端に少ないところ? スキルがブランクなところ? それとも資料とリーリエの使う魔術が噛み合っていないところ?」

 ルイスはさして面白くもなさそうに淡々と言葉を並べる。
 頭に浮かんだ全ての疑問を的確に言葉にされテオドールはこの男は自分が思うより遥か前からリーリエの特異性に気づいていたのだと悟った。
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