生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 前世があるとはいえ、人1人分の前世の記憶をすべて思い出せたわけではないが、違う世界で生きた自分はあるゲームにはまっていた。ここはその世界に類似している。
 登場人物、家族構成、スキル属性などなど。リーリエは思い出せる限りの記憶を呼び起こし、この国や世界に関する出来事を時系列に並べた。そして自分の立ち位置を把握する。

「なる、ほど……私はこのままだと破滅まっしぐらですね?」

 数年後この世界では戦争が起きる。そして我が国は敗北し、自分は人質の意味も含め、敵国アルカナへと送られる。
 カナン王国には姫がいない。いるのはアホな第1王子と残念な第2王子とまだ生まれて間もない聡明な第3王子。
 初代アシュレイ公爵は建国時の王の妹姫が降嫁された由緒正しい王族の血筋なので、和平という名の生贄として隣国に嫁ぐのはまず間違いなくリーリエだ。
 ゲーム上でもそうなっていたし、たしかアホな第1王子からの断罪イベントもあったはず。第1王子には興味がなかったので、その辺はどうでもいい。
 自国の将来は賢王と聡明な第3王子と父たち家臣にまかせるとして、自分の取るべき行動は何が最善か?

「さて、どうしましょうか?」

 今の家族も大切だし、自国にも愛着がある。だけど心に浮かぶのは、後悔の念。

「『私』は、あんなふうに死にたくはなかったのです」

 この世界よりもずっと平和で、治安もよかった世界で生きていたはずの前世の自分はあまりにあっけなく『生』を刈り取られた。
 安全圏なんて本当はどこにもないのかもしれない。
 明日がくるって、本当はとても奇跡的なことなのかもしれない。そんな風に考えたとき、リーリエの頭には一つの結論が浮かんだ。

「うん、やっぱり平和が一番ですね。今世は平穏な毎日を送ることを目標にしましょうか? 今度はしわくちゃで白髪いっぱいの絶世の淑女になるまで」

 そして結論にもう一つ矢印を加える。

「そして、可能なら彼と一緒がいいですわ」

 矢印の先に書いた名前は『テオドール』
 これから自分が送られる先にいる、前世の自分の最推しの名である。
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