生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「もちろん、人の幸せなど千差万別。国に尽くした人生に誇りを持つこともあるでしょう」

 それがこの世界のこの時代の生き方だと言われればそれまでだ。
 だが、そうではない世界も知ってしまっている身としては"でも"と待ったをかけたくなる。

「命を、誇りを、時間を、賭けるところを選べる人生があってもいいと思ってしまうのです。確かに第二騎士団の皆様はお強いです。でも、家族としてはいつでも無事に帰ってきて欲しい。ましてや命を落としてなど欲しくない。もちろん、旦那さまにも」

 家族という言葉を聞いて、テオドールは夕食事のやり取りを思い出す。

"生きていてくれてありがとう"

 などと面と向かって言われた事も、

"1番近い家族"

 だと言われた事もなかった。
 自分にとってはそうだったとしても、騎士団に所属する者には当たり前に家族がいて、彼らの無事を祈っているのだろう。
 そんな彼らを死地に追いやったなら。

「"まさしく自分は死神だ"」

 言い当てられた言葉に青と金の目が僅かに大きくなる。

「そんな風に思わないでください。全ての命をたった1人で背負えるのだと思っているのなら、それは傲慢というものでしょう」

 ガラス越しにテオドールを見返してくるリーリエの瞳は少しだけ悲しそうな色を帯びていた。

「それでもあなたには立場と責任がある。それは私などとは比べられないほど重いものでしょう。そして、逃げ出さずに向き合おうとする旦那さまは素晴らしいです。そんなあなただから付いてくる者もいる。だから、一人で駆け抜けなくていいんです。ココは戦場ではないのですから」

 圧倒的な強さで敵を殲滅し続け、死神だと呼ばれてきた。
 頼りになるのは自分の力だけだった。

「旦那さまのストイックさは美点ではありますが、周りをもう少し頼ってもらえませんか? 私だけじゃなく、そうして欲しいと願う人間が少なくともこれだけいるんですよ」

 そう言ってリーリエは部外秘と書いてある資料を手渡す。
 そこには使用人たちの種族特性とスキルが一覧としてまとめてあった。

「迫害を受けて以降隠していた種族特性を明かして、活かしてくれたのは、ひとえに旦那さまの人望によるものです」

 コトリと目の前にヒールポーションを置く。

「そうでなければ、こんなに早くヒールポーションを始め、数多の薬品や魔道具をアシュレイ領以外で再現する事は出来なかったでしょう」

 リーリエは微笑んで、

「これがあなたの今まで積み重ねてきた成果です。どうぞ、ご検討を」

 そう締めくくった。
< 45 / 276 >

この作品をシェア

pagetop