生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「何故断言できる? リーリエはカナン王国第一王子の婚約者だっただろう?」

「もともと私とフィリクス殿下との縁組は様々な思惑のもと王家からの申し出で組まれたものでした。確信したのは、王妃教育で王城をうろつくようになってからです。敵国に行かせるのに、物を考えぬ人形は適任ではないし、王妃候補としておけば売りつける時に箔がつく、と陛下はお考えだったようですね。まぁ要するに私は中途半端に陛下に目をつけられてしまったわけなのですよ」

 リーリエは祖国の方角を向いて話す。カナンの王は冷酷で冷静で、そして国のための一手を見誤らない人だ。
 国と比べれば公爵令嬢の命など吹けば飛ぶほど軽い。

「だから、私は自ら選んだのです。戦争になれば、カナンの戦力では敗戦は濃厚でしょう。でもカナンの技術力を交渉に使える今ならば、政略結婚が成立する。そのほうがお互い傷は少なくて済みますから」

「どうせ送られることに変わりはない、と」

「いいえ、変わることを望んでいたのです。だってほら、私は今もこうして自由に好き勝手に生きているじゃないですか。敗戦国としての人質だったらこうはいかなかったと思いますよ」

 私、運は良い方なのですよとリーリエは笑う。
 それでも屈託なく言い切る彼女が見つめる瞳は祖国のほうを向いていて。

「後悔は、ないのか? 長い間婚約していた相手も、約束されたはずの地位も名誉も投げ捨てて」

 聞いたところで、できることなど何もないと分かっていてもそう聞かずにはいられなかった。
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