生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「そもそも"推し"とは、なんなんだ?」

 最近はリーリエの奇行に慣れすぎて流しがちだったが、確かに自分に対して何度も言っていた。
 だが、そもそもその定義が分からない。

「俺もリリ語は読み取れない事が多いんだけど、"推し"は"リリのお気に入り"で意訳してる。男女年齢関係ないし」

 ちなみに推しを害した時のリーリエは怖い。綺麗な笑顔で相手に致命傷を負わせに来る。
 当時8歳のリーリエにプライドをバキボキに折られる負かされ方を経験しているルイスは同じ轍は踏まないと決めている。

「それで、その"推し"って言うのが、総じて恐ろしく優秀な人材なんだよね。しかも何かしら重要な役割を担っている。俺が把握してる限りは例外なく」

 どこでリーリエがその"推し"とやらを識別、認識しているのかルイスにはわからない。だが、彼女を見ていて経験的に積み上がったデータがそれを物語っていた。

「だが、重要な役割を担うほどの人物なら別にリーリエでなくても目をつけるのではないか?」

「他が全く認識しておらず、本人すらもその才に気付くより早く、か?」

 テオドールは怪訝そうに眉を顰める。
 そんな事は普通あり得ない。

「例えば、リリの妹のシャロン。彼女が聖女として認定されたのは3年前、彼女が7つになった時で、それ以前に回復魔法を使ったことは記録上見当たらない。が、リーリエは彼女が生まれた2年後にはヒールポーション開発の事業を立ち上げている。聖女の負担を減らしたいから、と」

「偶然と言う可能性は?」

「例えば、生まれてすぐインチキ占い師の予言とやらで黒髪とオッドアイを理由に国を破滅させる呪い子として、辺境に飛ばされた第3王子の存在」

 テオドールの目が細められルイスを睨みつける。

「本人は何も罪を犯していないが故継承権を持ったままで、後ろ盾もなく、戦場を転々とさせられ、その死を願われた死神」

 その圧を感じながらルイスは淡々と続ける。

「唯一子の無罪を主張した母親は忌み子を産んだ罪人として幽閉、のち劣悪な環境のため死亡。側妃の死とともに母親の生家や連なる名家は離散させられた」

 ルイスに述べられた理不尽な出来事をテオドールは忘れた日など無かった。

「そんな誰も振り向きもしない、第3王子がその身で武功を立てるより前から"必ず連れ戻せ"と俺に数年がかりで主張し続けた隣国の公爵令嬢」

 公爵令嬢の単語に反応し、テオドールの目が見開かれる。

「俺じゃないんだ。お前のことを見つけ出したの」

 ルイスは国王の全権代理になるより少し前から、ふらりと戦場に現れてはテオドールにちょっかいをかけるようになった。
 ルイスが全権代理になって数ヶ月後、近隣国との緊迫状態が解かれ、テオドールは王都への強制送還の命を受けた。
 物心ついた時には既に辺境送りだったため、別に戻りたいと思ったこともないのだが、ルイスが何度も厄介事を持って来るから仕方なくテオドールが折れる形でいくつか条件付きで命を受け、王都に戻った経緯がある。
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