生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「これでリリの重要性は分かってもらえた? リリに下手なことすると頭脳戦で喰われるから。あのアシュレイ公爵(おっさん)、マジで怖いから」

 毎度交渉の場に持って行く事すら骨が折れる相手だ。何度煮湯を飲まされたかしれない。

「俺ちゃんと忠告もしたよね? しかも分かりやすいの」

「忠告?」

「リリの事蔑ろにしないで、ちゃんと見てやって。生贄姫だと侮って傷つけに来るやつもいるから注意して。リリはすぐ暴走するからフォローしてやってって」

「そんな事いつ……」

 とテオドールは言いかけてリーリエを騎士団の訓練に混ぜた日、ルイスとの執務室での会話を思い出す。

"手綱をしっかり握れ"
"蔑ろにしてたキミが言う?"
"傷つけたら許さない"

 つまり、あの時の会話アレ全部がルイスからの忠告らしい。

「……分かりづれぇよ」

 テオドールはようやく全部繋がり頭を掻く。

「あのな、俺めちゃくちゃ忙しいから。それをわざわざ時間作ってテオに絡みに行ってるあたりで察しろよ」

 分かって頂けたようで何よりだ、とルイスは呆れたように付け足す。

「分かりにくいに決まってんだろ。わざわざ分かりにくくしてるんだから。城内どこに目や耳があるか分かんないのに、分かりやすくして情報抜かれたらお仕舞いだからな」

「……いつもこんな事をしてるのか?」

 ため息まじりにテオドールはそう吐き出す。

「むしろこんな事しかしてないね。七面倒くさいことに」

 リーリエと同じ答えが返ってきて、それが事実なのだと理解する。

「テオは王族としての教育を一切受けていない。けどそのハンデを感じさせなくらい頭の回転も速いし、察しも悪くない。が、このまま側近として置くには些か素直過ぎる。疑ってかかることも、裏や相手の心理を読むこともまだ足りない。いい勉強になっただろ、リリにも俺がお前を育てたいって言って協力させてるし」

 相手を疑うこと、言葉の裏や相手の心理を読むこと、情報を把握すること、駆け引きの仕方、影の使いどころに至るまで、テオドールに学ばせるために、仕組まれていた。
 全てこの兄の掌の上だったと思うと癪でしかないと思う一方で、今の自分には全く足りていない分野なのだとテオドールは理解する。

「一朝一夕で追いつけるわけないだろう。お前が剣を振るっていたのと同等かそれ以上の年数、俺もリリも魑魅魍魎しかいないとこでずっと研鑽してきたんだから」

 そんなテオドールの表情を察し、ルイスは当たり前だと言い切った。

「リリは俺の事ギャンブラーとか言うけど、俺から言わせればアシュレイ公爵は化物だ。その化物が育て上げた自慢の娘に今のお前が敵うはずもないだろう」

 今時点でリーリエもテオドールが敵う相手では無いのだ。
 ルイスが認める相手なのだから、当然といえば当然で、自分だけが分かっていなかったのだと、テオドールは拳を握りしめる。

「そんなわけで、今後は醜い嫉妬心や八つ当たりでリリを無効化しないように。今度こそしっかり釘さしたからね」

 そう言って笑うルイスと自分はどこまでも似ていないとテオドールは思う。

「まぁ、これだけ懇切丁寧に説明してやるのは今回限り兄としてのサービスだから。今後は励めよ。容赦なく鍛えてやるから」

 アメジスト色の眼はそう言って意地悪く笑っていた。
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