生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ごめん……なさい。ちゃんとできなくて、怒らせて、ごめんなさい」

 ごめんなさいとうわごとの様に繰り返すリーリエにいつものような覇気はなく、いつもより随分幼く見えた。
 テオドールはリーリエの背中に手をまわし、幼い子供にするようにトントンと優しくたたく。
 腕の中にすっぽりと納まる華奢な体。彼女が自分より年下の、まだ18歳になったばかりの女の子だということにテオドールは今更ながら気が付いた。

「本当は、朝起きて一番におはようって言いたいし、一緒にご飯を食べたり、お庭を散歩したり、とりとめのない話をしながらお茶したり、そんななんてことのない、平穏な日常を過ごしてみたかったけど、これ以上欲張ったり……しないから」

 一度タガが外れてしまえば、泣き出すことを止められず、しゃくり上げる。

「……嫌わないで。それ以上は望まないから」

 熱に浮かされながら懇願することが、たったそれだけのことで。
 うわ言のように話すリーリエが、この髪と目をもって生まれたが故に”あたりまえ”を享受することができなかった過去の自分と重なった気がした。

「リーリエが謝ることなど何もない。悪いのは全部至らない俺の方だ」

 たった18歳の妻に何もかもやらせて、本当に情けないとテオドールはため息をつく。
 リーリエの髪をそっと退ければ、夜目が効くテオドールには暗がりでも薄っすらと首筋に残る八つ当たりの跡が見えた。

「もう、2度と傷つける真似はしない。本当にすまなかった」

 ルイスの話を聞いた今でも、正直な話リーリエに気に入ってもらえる要素が自分のどこにあったのかテオドールは皆目見当もつかない。
 それでも、彼女がここにいるというのなら。

「リーリエが好きでいてくれる俺になれるように努力することを誓う。リーリエがこの国で好きに生きていけるように」

 もうテオドールの中に、リーリエを手放す選択肢などなくなっていた。

「だから、側に居て」

 欲しい、と最後までテオドールが言うより早く、リーリエが腕の中で寝息を立てているのに気が付いた。
 言いたいことを言ってすっきりしたのか、悪夢が落ち着いたのか、リーリエの寝顔は先ほどとは比べ物にならないくらい穏やかだった。
 テオドールはため息をついてそっとリーリエをベッドに戻すが、リーリエが掴んだ服から手を放さない。
 自覚したとたんにこの状況。

「……リーリエ、お前も大概ひどいな」

 人のことは言えないがと再度深いため息をついて、テオドールは拷問かと小さくつぶやいた。
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