生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

43.生贄姫は嘘をつく。

 雨の音が耳朶に響く。
 少し開けた窓から立ち込めるような雨と土と緑が混ざった匂いが入ってくる。
 盗聴防止魔法を展開させた執務室で、リーリエはカードを裏返したまま場に放る。
 2人でやるダウトは変則性のルールを設けているが、なかなか終わりの兆しが見えない。

「ダウト」

 リーリエがコールをかけ、カードを見るまでもなく手元に手札を引き寄せる。

「せめてめくろうよ、リリ」

「合っている数字をわざわざ確認する必要性を感じませんが? 続きをどうぞ、王太子殿下」

「いや、まぁそうなんだけどね? ルール的にさぁ、あるじゃない?」

 ルイスは苦笑しながら、4枚まとめてカードを出す。
 心理戦、駆け引きを長々と続けてきたが、そろそろ幕引きの時間が近そうだ。
 カードをお互い出し合いながら、たわいもない会話を交わす。

「テオとの生活は慣れた?」

「そうですね、とても良くして頂いておりますよ。私には勿体無い旦那さまです。ダウト」

 表情を一切変えず、慣れた様子でリーリエはカードをめくり今度はルイスにカードを押しやる。

「それは良かった。俺の弟は可愛いだろう?」

 ピッとカードを出したルイスをじっと見返したリーリエは、コールせずにカードを重ねていく。

「ダウト」

 ルイスがコールをかける。

「独占欲の強さは、変わりませんね。ルゥ」

 リーリエがカードをめくり、ルイスに場のカードを渡す。

「そろそろ、テオ様が戻られます。終わりにしましょうか?」

 最後の一枚を場に置いて、リーリエは終了を告げた。

「はぁ、まだこの手のゲームじゃリリには敵わないね。リリ、どうやって見破ってるの?」

 ため息混じりにカードをめくる。
 最後の数字は正しく、リーリエの勝ち星は変わらない。

「やってる事はルゥと変わらないのですよ。ただ精度が違うだけで。随分、苦労してるみたいですが、あまり嘘吐きが過ぎると本当の自分も見失ってしまうかもしれませんよ?」

 ゲーム終了と共に親しい友人に戻ったリーリエは、カードを揃えて机に仕舞う。

「まぁ、俺がどれだけ嘘吐きでも、リリは本当を見つけてくれるでしょ? 大丈夫だよー」

 なんて事のないように、飄々と笑って見せるルイスを見て、リーリエは呆れた様にため息をつく。
 先日渡された資料を見る限り、アルカナ王国は想像以上に腐敗していたようだ。
 そんな中でうまく立ち回ってアルカナ王国を正常に近づけているルイスの苦労が透けて見えて同情を禁じ得ない。

「本当に、よく似ていますね」

 だが、それがどれだけ苦難に満ちていたとしても、彼が立ち止まることはないだろうと言う事も知っている。

「前に言ってたテオと俺の気質の話?」

「あと数年もせずに、私じゃ太刀打ちできなくなるんでしょうね。ルゥにも、テオ様にも」

 満足気に笑う翡翠色の瞳は外の雨を見つめて、つぶやく。

「努力を怠らない天才の姿は尊いですからねー。頑張ってる姿を見ていたら俄然推したくなっちゃうのですよ」
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