執着系上司の初恋
美魔女との約束
カーテンからもれる光とトラックや、車が通り過ぎる音を感じて目を覚ます。
時計を見れば、時刻はもう8時過ぎ。
まだ寝ていた頭が一瞬、今日は平日?と判断しかけ、起き上がりかけて、あ、休日だったと思い、もう一度ベッドに体を沈める。ベッドの中で手足を伸ばし、ぐっーと伸びるとやっと目が覚める。ぱたっと手足の力を抜き、天井を見つめながら、一人暮らしの気軽さを満喫する。

まあ、でもそろそろ起きて、部屋の掃除、洗濯など一人暮らしが故のわずらわしさを片付けないと。

起き上がり、ベッドから足を下ろし、クローゼットまでの行く手に転がる物を気だるげに拾い上げ、手の届く範囲で適材適所にとりあえず置いていく。ベッドから部屋の一番端にあるクローゼットの前まで来ると、観音開きの扉を両手で開ける。

「やっぱり、買い物行かないとかな。。」
つい、独り言をこぼすほど、29才女子としてはクローゼットの中がさびしい。

シンプルなスーツの黒とグレーの色違いと、少しだけ立ち上がりのある襟付きスーツ、これも色違いで黒とグレー。あとは、キレイ目系スーツがベージュと、黒。合わせて6着。
飾り気のない白シャツが3枚に、丸首白ニットが2着。
そして、普段着用にスカート、ジーンズ、セーターがそれぞれ2着。
あとはほとんど着てないワンピースが1着。
以上

洗濯する事を考えれば、最低限の数。
しかも、こうして見るとよく言えば落ち着いた色ばかり。黒、白、グレー、ベージュ。
実家にあったクローゼットの中は、もっと色とりどりだったな。
とはいえ、退院後体重は少しは戻ったが、サイズが合わずに着れないものばかり。こっちには持ってこなかった。今日は買い物に行かなくちゃ。
月曜からの私は鉄仮面から鋼鉄の仮面へとバージョンアップするのだから。


取引先に冴木課長と挨拶に行った日の出来事

二課の派遣は、おばちゃん二人と聞いていたけど、優しい佐々木さんにしか会っていなかった。だから、シフトで出勤するもう一人の派遣さんに会うのはその日が初めてだった。

もう一人の派遣の方は、谷口さんという年齢不詳の美魔女。
朝挨拶した時、なんとなく全身を隈なく観察され、居心地が悪くなった頃に、ニッコリと妖艶な笑みを浮かべて
「今日は取引先と会うのかしら?」と言われた。


「そうですが?」
何か引き継ぎあるのかな?

「やっぱりね」とにやりと笑う。
何がやっぱりなの?そう思いながらも美魔女の笑みに、なんとなくこの人を敵にしちゃいけないと私の本能が訴えた。
そして、颯爽と席に着き仕事を始めた美魔女は、もう私に用はないようだった。
私も席に戻り外出に備えて、仕事を終わらせるべく集中して仕事をしていると、

昼過ぎにまたもやキラキラ、いや今日は、さらにギラギラの女子がまた絡んできた。
「あら、今日は一生懸命おしゃれしてきたのね。ふうん、見れなくないけど、似合ってるのかは、、、
昨日と随分違うじゃない。そのかっこで課長に媚び売るつもりなのかしら?」

勘弁してくれ。

こっちはまだランチに出てなくて腹ペコなのに、お前らランチ帰りだからって、縄張りにマーキングでもしにきたのかよ。
だいぶお腹が空いていた私は、ちょっと口が悪くなっていた。(だって心の中だもの)
今日は一層ギラギラしてますね、ぐらい許容範囲だよねと、空腹に任せて口走ろうとしたら、

「総務さんは、おヒマなのかしら?わざわざ他部所までファッションチェックに来るなんて。こっちはまだ忙しくて、ランチもしてないのよ。」
美魔女が吠えた。
美魔女、笑ってるのに怖い。
ギラギラ女子も本能に危険を感じたようで、なんか悔し紛れに嫌味を言いかけたが、美魔女にひと睨みされすごすごと立ち去った。

『ウィナー 美魔女! 』カンカンッ 試合終了のゴングが鳴り響く(私の心に)

美魔女は悠然と振り返ると、
「ランチ、付き合ってもらえるかしら?」と、笑みをうかべた。
「お伴します!」ええ、どこまでも。

美魔女についていくと、会社近くのパスタ屋に着いた。
美魔女とイタリアン、お似合いです。
注文し終わり、なんとなく気まずい沈黙が。
何か喋った方がいいかと、喉も渇いてないのに水の入ったコップを手放せずにいると、

「あなた、出し惜しみして、いいことあるの?」と美魔女谷口さんが言った。
え、出し惜しみ?

「外部の人間に会う時だけ、綺麗にして、普段は出し惜しみっておかしくない?」
そう言って小首を傾げてるけど、可愛くないです。目が怖いです。

「いや、あの、出し惜しみではなく、普段は落ち着いた格好をと思いまして。。」
想定外の会話にしどろもどろしながら答える。
だって、私のモットーは騒がず、目立たず、嫌われず、なので。

「今の格好だって、充分落ち着いてるわよ。あなたが目立ちたくないって思ってるのはなんとなく分かるわ。」
ビンゴです。

「でも、同じ女として、見ててイライラするの。」

「っ、、」
コップを持っていた手に力が入る。
同じ暴言でもちょっと心を許した美魔女の言葉は心に刺さる。

美魔女谷口さんは、テーブルの上で手を組み、溜息を吐きつつ、
「誤解しないで。いじめたいわけじゃないの。あなたの目立ちたくないっていうの、もう無理だってわかった方がいいと思って言ってるの。」と言った。

なんで、平穏無事な毎日を送れないの。

「冴木課長の下に、川上人事部長の推薦で配属されたのよ。目立たずって無理よ。それに、あなただって本当はわかってるんでしょう?男に限らず女だって仕事だけじゃ無く、見た目も完全装備しなきゃつまらない相手に隙を与えるって事。今日の総務の子達がいい例よ。」


。。。。目から鱗が落ちるとはこういう事。


美魔女の言い分がストンと心に落ちた。そうか、私間違えてたかもしれない。
仕事だけ頑張れば、評価されるはず。
目立たず、騒がず、地味な装いでいれば、誰にも傷つけられる心配はないって思ってた。

でも、そうじゃないのかも。
私は目の前の狭い範囲しか見れなくなっていたのかもしれない。
いや、違うな、、周りを見たくなかったんだ。
誰にも、自分を見て欲しくない、だから、私も見たくないって。

「それに、あなた可愛いのに、もったいないわ。」
美魔女が優しく微笑んだ。
あまりに綺麗で、ちょっと顔が熱を持つ。美魔女の微笑は心臓に悪い。

「ふふふ、ほんとかわいい」
そう言った美魔女は、
「そうね、じゃあ、来週の月曜からイメチェンね。」
と楽しそうに笑いランチを終えた。






< 16 / 45 >

この作品をシェア

pagetop