Miseria ~幸せな悲劇~
「あの、大野先輩……」
そんな大野を美花は一言呼び止めた。
「ん? なんだよ?」
美花は不思議そうに大野の右足を見つめた。
「足の怪我は、その、もう大丈夫なんですか?」
美花は大野の右足の怪我が気になっていた。この日を除いて、美花が最後に大野を見たのは五日ほど前だった。その日の大野は松葉杖をついて右足をひきずりながら歩くので精一杯だった。
それが今日、放課後のグラウンドに現れた大野は嘘のように杖なしで平然と歩いていた。
「ああ、まだ本調子じゃないけどな」
大野は右足を準備体操の要領でグルグルと回した。たしか部員の話では昨日まで病院でリハビリをしていたはずである。その時、大野が今日のように劇的な回復を見せたとは聞いていなかった。
「……えっと」
もしかすれば、大野はなにか無理をして歩けるふりをしているのではないか?
美花は大野の回復に対する喜びよりも心配に思う気持ちの方が強かった。
「なんだよ美花、その顔は?」
大野もそんな美花の心中を察しているようだった。
「だって、先輩あんなにひどい怪我だったから、無理してんじゃないかって…」
美花は心配そうに言った。
「ふっ、なるほど。問題児のお前なりに心配してくれてるわけだ」
美花を見て大野はニコリと笑った。それから制服のジャケットを脱ぐと地面に投げ捨てた。
「なら試してみるか? サッカーでよ」
大野はそう言って美花の足元にあるボールをキックで奪い走り出した。
「なに突っ立ってんだよ! 美花! 早くとってみろよ!」
大野は自信たっぷりな様子で美花を誘った。つまり彼女は、言葉で説明するよりも、体を使いサッカーで美花に自分の健全さを証明した方が手っ取り早いと思ったのだろう。
美花もその挑発じみた動きに呼応して、大野の背中を追い走り出した。