お見合い結婚狂騒曲
そう言いながらも上着を脱ぎ、ネクタイに手を掛けシュルルと抜き取る。

「ウワッ、誰がここで脱げと言いました。脱衣所に行って下さい!」

慌てて浴室の方を指差す。
全く、彼の方こそ、ワザとなのか天然なのか、本当、心臓に悪い男だ。



「おい、入ったぞ」
「浴室のドア、閉めました?」

脱衣所の外から声を掛け、「閉めた」の返事で中に入る。そして、ワイシャツを洗濯乾燥機に入れる。

「十五分程で乾くと思いますから、それまでゆっくり入浴してて下さいよ」
「そんなに長くか! テレビも音楽もない浴室で」

ナヌッ、テレビ? 音楽? とボタンを押そうとしていた手が止まる。
付いているのか? ご自宅には……有り得ない。

「庶民はこんなものです。これが普通です!」

フン、何も無くても、私の入浴時間は平均一時間だ。夢想に耽ったり、今日の反省会をしたり……何も無いが楽しき入浴タイムだ、とちょっとイジケながら『速乾』ボタンを押す。

「フーン、おい、暇だからそこでそうやって話していてくれ」

何て我儘な奴だ。

「真央、聞いているのか?」

エコーのかかったテノールの声が私の名を呼ぶ。
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