本日、結婚いたしましたが、偽装です。


やっくんに、突然、一方的に別れを切り出されて、すぐ別れたあの夜から一週間が経った今日まで、本当に食欲がなかった。

食べるどころではなかった、の方が、正しいのかもしれない。

本当に胸が引き裂かれるくらい、痛くって、底の無い深い哀しみに毎日襲われて、立ち上がって動くのも正直辛い。

それで、じっとしていても、また、終わりのない哀しみがやって来て、どうしてこうなってしまったのか、出口のない問答を繰り返す。

どうして、やっくんは、たまきを選んだの?

どうして、私じゃダメだったの?

彼女だったのに、結婚の約束までしていたのに、一体私の何がいけなかったの?

やっくんの理想の彼女では、無かったから?

恋愛経験値が、誰からにも羨望の眼差しで見られる美人のたまきより低くて、男女交際の基本的な事とか何も知らない女だったから?

やっくんに出会う前まで、恋愛の方面には全く縁が無くて、男の人のことについては無知と言っていいくらい知らなかった。


だから、いつも手を繋ぐだけでも、恥ずかしくて、キスをするのも精一杯で、恋愛経験が豊富なやっくんには、物足りなかったのかもしれない。

やっくんが、初恋の人だった。

3回目の今年のクリスマスも、一緒に過ごせるって当たり前に、思っていた。

こんなに、突然、終わるが来るなんて信じて疑わなかった。

辛い、辛い、哀しい、辛い、苦しい、淋しい。

誰もいない荒野に置き去りにされたように、寒くて乾燥している広大の薄暗い荒野に、独りぼっちにされて、毎日毎晩彷徨う夢を見る。

冷たい突風が吹いて、草一本も生えていない、枯渇して干ばつしている荒れた土地の景色が永遠に続いて、当てもなく、彷徨い続け、どんなに歩いても出口が見えない。

寒いのに、早くここから出たいのに、どんなにふらつく足を動かして前に進んでも、永遠に同じ景色で、進む事が出来ない。

だんだんと、食料も水も何も無いところにずっと居たら最期はどうなるのかと、『死』が胸裏をよぎり、恐怖が増していく。

怖くて、怖くて、誰かに助けを求めても、声が出ない。

どんなに叫ぼうとしても、全く声が出なくて、誰のことも呼べない。

そして、助けを求めるのを邪魔するかのように、突然、真っ暗な漆黒の靄が空にかかって辺りを闇に変えていき、忽ち私を呑み込んでいく。

暗い、暗い、漆黒の闇に、引き摺り込まれて、いき、いつもそこで、はっと目を覚ます。

体力の限界で、うたた寝をするたびに、いつもこの悪夢にうなされて、満足な睡眠が取れない。

いつも、いつも、やっくんのことを思い出して、心が感情的になると、同時に、涙が止めどもなく流れ続ける。

特に一人になると、人といる時より、やっくんを思い出すことに意識が集中して、鬱になっていた。

仕事から家に帰宅して、しんと静まり返っている部屋の中で一人にいると、再び哀しみが襲ってきて、何も手につかなくなる。

掃除、洗濯、それから、自分のご飯を用意する気力も無かった。

ご飯を食べたいとも、思わなくて、偶に気力がほんの少しだけ回復した時に、スナック菓子を食べるけれど、咀嚼して飲み込むという一連の動作ですら、辛かった。

3口くらいで、お菓子という食事を終わらせて、また、ベッドに横たわる。

そして、一体何をすればいいのか毎日分からなくて、どうして私は、毎日会社に行っているんだろうと、思って、何をすればいいのか分からない私がどうして生きているのか、ふと悩み、夢の中では怖がるのに、現実では、生きていたくないと思ったりした。

失恋がこんなに辛いものなんて知らなかった。

生活が出来ないほど、仕事に支障をきたすほど、何よりも大好きなご飯を食べることもままならほど、こんなに精神に影響を与えるものだなんて、知らなかった。

生まれて初めて経験した恋だったからなのか、どんな恋でもなのか、一度失った恋が、後から後から、逃げたくなるほど、切なくなって息苦しくなるとは、知らなかった。


やっくんが、私の前から居なくなっただけで、
何もかもが消えて、失ったような気分。

大人なんだから、いつまでも恋の一つや二つで悩んで立ち止まってちゃダメって、どこかで冷静にそう思って、分かってもいるけど、やっぱり立ち上がれない。

まだ、一週間しか経っていない。

一週間前は、まだ、やっくんと恋人同士だった。

普通に、毎日朝のおはようと夜のおやすみを、電話越しで言い合って、クリスマスの予定だって決めていた。

私は、まだ、本当のことを言うと、やっくんと別れたのか、信じられなかった。

未消化の気持ちを背負ったまま、一週間何も食べずに、仕事をしたりして過ごしていた。



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