本日、結婚いたしましたが、偽装です。


俺は、佐藤に行き先を訊かれても何も言わずに車をひたすら走り続けた。


俺の家に着くと、普段通りに地下駐車場に入り車を止める。

それなりに稼げるようになった頃、ちょうど周りから結婚、結婚と急かされ始めた頃に買ったマンションだった。


二十代後半の頃から、俺は周りから結婚をしろと言われ続けていた。


だから、マンションを購入したつぎは、“そこに一緒に暮らす相手”をさっさと見つけなければならないのだ。


結婚を急かす両親やその周りに見つけられるより先に自分で相手を見つけなければならない。


……早くしないと、痺れを切らした両親が“俺の結婚相手”を探し出すからな……。


シートベルトを外して、隣に座る佐藤を見る。


……ヘタに周りのご令嬢を見繕ってもらっても困る。


俺は、自分が決めた相手としか結婚はしたくないから。


「あの、課長、ここは?」


涙が止まってそんなに経っていない佐藤が涙声で俺に訊いた。


「あ?俺ん家だけど」


そのまま普通に応えると、佐藤は充血する目をこれでもかと大きく見開き、口をぽかんと開けた。


そう、仰天している表情だった。


突然見知らぬ場所に連れて来られて、しかも苦手の上司の家だったら驚くのは当然だ。


だけど、佐藤の“驚き”は俺が想像していた“驚き”と違っていた。


『えっ⁈信じられん!行き先も告げずに、急に自分の家に連れてくなんて!しかも部下で、女子を!夜遅くに!何、考えてるんですか!嫌ですよ、それに疲れてますから早く帰してください!』


という感じのドン引きする“驚き”を想像していた。


でも見るからにドン引きとは程遠い、失礼だが間抜け面にも見える佐藤の表情に、俺は笑いのツボを刺激された。


吹き出すと、なんとか笑みを堪えながら肩を揺らす。


「佐藤、なんだよ、その間抜け面は」


俺は思わずそう言ってから、腹を抱えてなるべく小さく笑った。


佐藤は、そんな俺をじっと見つめた。


……くっくっ、顔芸みたいな間抜け面も面白くて可愛いかったけど、今の俺を不思議そうに見る顔もやっぱ、可愛いな。


「お前、ちょっと鏡見てみろよ。顔芸みてーな面してんぞ」


面白くて可愛いと思いながら、俺はそう言った。


我慢できなくなるほど笑ったのは、久しぶりだった。


プライベートではもちろん、『笑うこと』すら忘れるほど忙殺している仕事の時は、こうして腹の底から笑ったことは無かった。


もう何年も、笑うこと自体忘れていたような気がする。


……もし、佐藤が俺の隣に居てくれたら、またこうして明るい気持ちになれるのだろうか?


不意に、そんな考えが浮かんだ。


だけどすぐに、『そんなのは俺の身勝手で、ただの願望だと』現実を見て、独りよがりな考えを振り払った。


「やっべ、佐藤のあの顔、ツボるな」


俺はしばらくの間、佐藤が次はドアミラーを見て落ち込んだような表情になっても、『間抜け面』を思い出して笑った。


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