甘い魔法にかけられて

更に甘く戻したのは彼

沈んだ気分のまま
俯き歩く

・・・商品代を支払えば良かったじゃん

・・・試着までしておいて黙ってるなんて嫌な女

頭の右側から叱責がこだまする

落ち着いて考えてみれば
勝手に気分を上げ下げして

航平さんを置き去りにして
逃げてきたズルい自分

「酷いことしちゃった」

・・・貰う理由が無いなら後で支払えば済んだのに

・・・初めて出来た彼氏なのに

「あ~ぁ」

もう一生【彼氏】なんで出来ないかも

悲壮感漂う独り言女を
通り過ぎる人が大袈裟に避ける

アパートに近づくにつれ
ため息も増え・・・

眉毛はハの字を更に下げた

彼のマンション前に差し掛かると

カツカツ、カツカツ
革靴の音が近づいてきた

・・・えっ

俯く女の視線の先に
見慣れた革靴が近づいて止まった

「ちょっと来て」

強引に手を引かれ
エレベーターに押し込まれる

「あ、あの・・・」

早く謝らなきゃと思うのに
上手に声にならない

繋がれたままの右手は
少し強く握られているせいで

変な形で汗ばんでいる

「ったく」

・・・怒ってる?

「君ってさ・・・」

頭の上から降るのは

怒っているというより
呆れてる声

意図せず泊まった日と変わらず
久しぶりの航平さんの部屋は

整頓されていた
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