甘い魔法にかけられて




「高いね」

耳に入った彼の声に
“ん?”と顔を上げると

「ほら」と
指を指した先に見えたのは
さっきまで居た駅前の光景

「え?」

フワリと動く景色を感じ慌てて周りを見ると
いつのまにかエレベーターに乗っていた

「柚、大丈夫?」

変わらず右手は繋がれたまま
心ここにあらずの状態に

せっかく会えたのにと
心の中で喝を入れると同時に

チンと響いて扉が開いた


「予約していた矢野です」

「お待ちしておりました、こちらへ」

案内されたのは
窓いっぱいに広がる夜景を
独り占めにしたような個室

「・・・」

あまりの美しさに言葉を忘れるって
このことだと思う

「・・・ず?・・・柚?」

「は、はいっ」

穏やかな笑顔でどうぞと椅子を引く彼を見て
夜景に目を奪われて突っ立ったままだと思い出し顔が熱くなる

テーブル上のキャンドルの灯りが揺れる中で
彼の顔を直視できずにいると


「柚は可愛いね」
恐ろしく色気を孕んだ目をしてクスっと笑っただけで

胸がキュンと疼いて止まらない

益々熱くなる頰に手の甲で触れながら

「笑わないで下さい」
絞り出した声がテーブルにぶつかる

「久しぶりに会ったのに下を向かないで」

いつもより甘く
いつもより柔らかな声は
不思議と安心感を与えた


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