その手が離せなくて
「一ノ瀬・・・・・・さん」


小さく呟いて、唇を噛みしめる。

返事なんて、返ってくるはずないのに。


名前を呼ぶだけで、胸が苦しい。

彼の姿が脳裏に浮かんで、切なさが増した。

ただただ好きなのだと、思い知った。


「一ノ瀬さん・・・・・・一ノ瀬さん・・・・・・一ノ瀬さん。助けてっ」


狂ったように何度も、名前を呼ぶ。

届くはずのない、想いと共に。


真っ暗闇の中、痛む体では一歩も動けない。

徐々に衰弱していく自分の体を摩って、必死に助けを呼ぶ。

それでも、もしかして、このまま? なんて不吉な事を想像してしまう。

だから、ぐっと自分を強く抱きしめて、そんな想いを断ち切る様に、再び名前を呼んだ。



「一ノ瀬さん」




その時――。
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