その手が離せなくて
恋に堕ちるのは簡単で、些細な優しさで胸が締め付けられる。
――今だって、ほら。
車道側を歩いていた私の横に立って、自分が車道側に立ってくれた。
チラリと隣を見ると、微かに微笑んで、何? と首を傾げた彼。
何でもないと首を横に振ると、その精悍な顔を惜しげもなく崩して笑った。
溢れる『好き』が大きくなっていく。
風にのって香る彼の匂いですら、私の胸をときめかせる。
この想いを伝えたくて、堪らなくなる。
もっと近づきたくて、もっと彼の事を知りたくて、堪らなくなる。
私だけを見てほしいと思ってしまう――。
◇
「ありがとうございました」
マンションのエントランス前でそう告げる。
ゆっくりと歩いたつもりなのに、マンションにはあっという間に着いてしまった。
相変わらず、彼と過ごす時間は駆け足の様に過ぎていく。