その手が離せなくて

恋に堕ちるのは簡単で、些細な優しさで胸が締め付けられる。

――今だって、ほら。

車道側を歩いていた私の横に立って、自分が車道側に立ってくれた。


チラリと隣を見ると、微かに微笑んで、何? と首を傾げた彼。

何でもないと首を横に振ると、その精悍な顔を惜しげもなく崩して笑った。


溢れる『好き』が大きくなっていく。

風にのって香る彼の匂いですら、私の胸をときめかせる。

この想いを伝えたくて、堪らなくなる。

もっと近づきたくて、もっと彼の事を知りたくて、堪らなくなる。

私だけを見てほしいと思ってしまう――。







「ありがとうございました」


マンションのエントランス前でそう告げる。

ゆっくりと歩いたつもりなのに、マンションにはあっという間に着いてしまった。

相変わらず、彼と過ごす時間は駆け足の様に過ぎていく。



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