その手が離せなくて
欲望に任せて、物凄く大胆な事をしてしまった。

我に返った時には時すでに遅し。

瞳を泳がせて、必死に言い訳の言葉を探す。

それでも、酷く酔った頭では正常に物事が考えられなかった。


恐る恐る視線を上に向けると、私を見下ろす彼と目が合った。

そのビー玉のような瞳を見つめ返して、言葉を落とそうとした。

その時。


「――んっ」


突然腕を引かれたかと思ったら、エントランスの端の死角に引きずり込まれた。

そうして壁に押し付けられて、何も言わずにそのまま唇を塞がれた。

さっきの触れるだけのキスじゃなくて、溶けてしまう様な深い深いキス。


突然スイッチでも入ったかのように、覆いかぶさって唇を重ねてきた一ノ瀬さん。

何度も角度を変えながら、少しだけ冷たいその手を私の顎先に添えた。


「んっ」


堪らず漏らした声すらも、構わず彼は飲み込んでしまう。

思わずしがみ付いた私を感じて、彼はゆっくりと唇を離した。


少しだけ糸を引いて離れる唇。

溶けてしまいそうな体を奮い立たせて、ゆっくりと瞳を開けた。


目の前には、どこか気怠げに瞳を開ける彼。

潤った唇が、エントランスの灯りを受けて色気を増す。

思わず見惚れてしまいそうな、その姿に息を飲む。

それでも、吸い寄せられるかの様に、私達は再び唇を重ねた。


互いに抱きしめ合い。

まるで互いの気持ちを確かめるかの様に――。
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