一途な小説家の初恋独占契約
「窪田、お前も疲れただろう。先生は、俺が送り届けるから、お前は先に帰れ」
「いえ、大丈夫です」

直島さんの厚意は有り難いけど、交代するわけにはいかない。
それに、直島さんは、まだ他の仕事があるようだし。

親切に、なおも言い募る直島さんに、ジョーが助け舟を出す。

「僕は、このあと寄っていきたい所があるから、ここで失礼します。汐璃は、途中まで一緒にタクシーに乗ればいい」

そうして、直島さんとは書店で別れ、私たちはタクシーに向かう。

「彼には、ああ言ったけど、この後も付き合ってくれる?」
「うん、もちろん。寄りたい所って、どこ?」
「買い物してから、夕食を食べて帰らない?」

そういえば、ジョーは、日本に来てから、おいしいものを食べに行ってもない。
初日にラーメンを食べたくらいだ。

会社の幹部に連れられた昼食では、高級和食を食べさせてもらったと言ってたけど。

「何か食べたい物は?」
「特別ないよ。せっかく日本に来てくれてるんだから、ジョーの好きなものを食べようよ」
「分かった、ありがとう。それから、服を買いたいんだけど、汐璃はいつもどこで? 好きなブランドとか、ある?」
「最近は、ネットか、仕事帰りに駅ビルとかで済ませちゃうかな。ブランドは、特にこだわりがないけど」
「それなら、銀座はこの前行ったから、表参道にでも行こうか」

先に乗るようお願いしてもいつも断るジョーは、私を運転手さんの後ろに乗せると、表参道に向かうよう指示した。

「疲れたでしょう。書店さんの希望を聞いてくれて、ありがとう」
「右手が凝った」

書店の要請を断りきれず、予定より多くのサインをしたのだ。

ジョーが、私の膝の上に右手を乗せる。
ドキッとしたのは気づかないふりをして、その手をマッサージしてあげた。

ジョーは、気持ち良さそうに目を瞑っている。
大きな手は、分厚いのに筋張っている。
隆々と盛り上げる血管が、男らしい。

けれど、この手が、あの繊細な文章を生み出すのだ。
その尊さに、思わず包み込みたいような気持ちになる。
< 105 / 158 >

この作品をシェア

pagetop