一途な小説家の初恋独占契約
「うん……だから今、会いに来た」

そうした事情もよく知っているジョーは、私を責めることもなく、私が責めたことも穏やかに受け止める。

「……私に、まだ言ってないこと、ある?」

それを訊くのは、勇気がいった。

今、仕事の話をするつもりはないけれど、ジョーがなぜ契約を保留にしているのか、私は確かめられていない。

「あるよ」

私の動揺はお構いなしに、ジョーは平然と言い放った。

「汐璃には、全部伝えたいけれど、手紙だけじゃ到底伝えきれないから。僕は、文字を書くことを仕事にしているけれど、それでも足りない。僕の書いた手紙と小説を全部合わせても、汐璃への想いには、到底足りないんだ」
「……そんなふうに、他の女の人にも言ってきたの?」
「ひどいな。僕は、ずっとキミだけを好きだったのに」
「だって、それならどうして、あんなに素敵な文章が書けるの? 女性の気持ちをあれほど的確に表現できるなんて……たくさんの女性を知っているからじゃないの?」

ジョーは、クスリと笑って、私にデセールを食べるよう促した。
繊細に盛り付けられたお皿では、アイスクリームが溶け始めている。

「女性に気持ちが書けているのだとしたら、それはずっと汐璃のことを考えていたから。……それと、母と姉の小説コレクションを読み漁ったお蔭かな。僕は、汐璃に読んでもらうためだけに書いていたんだ」

懐かしそうに細めたジョーの瞳には、私の眼裏に映ったのと同じく、ジョーからの手紙が蘇っていたんだと思う。
手紙に書くようになった掌編で、ジョーは私にいつも温かな気持ちを教えてくれた。

「汐璃に恋してないと、僕は書けない。僕にもっと本を書かせたいなら、僕を好きになって」

何とか支えていた指が外れて、デザートスプーンがお皿の上で音を立てた。

「それとも、もう……僕に恋してくれた?」
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