一途な小説家の初恋独占契約
「……先生は、あなたの訳でないと本を出さないと言っているの」
「え……?」

ジョーが、翻訳者を私に指定している……?
あまりのことに言葉を失う。

確かに、翻訳者になることは、私の夢だった。
就職するまでは、いつかもしジョーが作家になるのなら、その作品を邦訳できたらいいなと思っていた。

でも……それは、もう終わった夢だと、ジョーにも言ったはず。

それに、決してこんな形で叶えられたかったわけじゃない。
こんなふうに無理を通すことなんて、望んでたわけじゃなかった。

……ひどい。

ジョーは、私の夢を知っていた。
誰よりも知っていたはずだ。

手紙にだって何度も書いたし、ジョーの書いた英文を翻訳して送っていたのも、ジョーの日本語学習のためと同時に、自分のスキルアップのためでもあった。

それに、あの中学生の夜――。

流れ星にかけた願いを、ジョーは覚えていてくれたのかもしれない。

けれど、自分が力を持ったからといって、こんな強硬な手段に出ていいはずがない。
こんなこと、されたくなかった……!

「会社のために媚びるどころか、個人の仕事までぶち込んでくるなんて、いい根性してるわね」
「誤解です! 私、そんなことしません!」

鎌石さんは、私の必死の否定も、鼻を鳴らして一蹴した。

エレベーターの速度が遅くなる。
いつの間にか、地上近くまで下りてきていた。

エレベーターの中の鏡を見た鎌石さんが、胸元に下りた髪をかき上げようとして、豊満な膨らみが覗いたブラウスに手を止めた。

皮肉げに艶やかな唇を歪めながら私を見て、ブラウスのボタンを止めていく。
ブラウスは、下着が見えそうなほど、肌蹴ていた。

「今からジョー先生のところに行くなら、もう少し待ってあげて。今、彼はシャワーを浴びてるから」
「え?」

呆然とした私に、鎌石さんは今日初めて笑った。
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