一途な小説家の初恋独占契約
「彼って、かわいいのね。あなたみたいな子に、だまされちゃうくらいだもの。色々教えてあげたくなっちゃうわ」
「どういうことですか!?」

エレベーターが、レストランなどがある2階についた。
鎌石さんは、肩を竦めただけで、私の横を通り過ぎようとする。

「待ってください!」
「何?」

エレベーターに乗り込むお客さんが、いぶかしそうに私たちを見る。
その人たちを避けて、私は鎌石さんの後に続いて、外に出た。

「ジョーがうちにいるって情報を流したのは、あなたですか?」

鎌石さんがどうやって知ったのかは分からない。

けれど、今朝予約したばかりのこのホテルの、宿泊者しか来られないフロアにまで来ているのだ。
何か方法があるのかもしれない。

しかし、鎌石さんはそれまでの妖艶な微笑を憤怒に変えて、腕組みの下から立派な胸を突き出した。

「あなた、バカじゃないの? うちは先生に本を書いてくれって、頼んでる立場なのよ? その私が、なんで先生の評判を落とすようなことをするのよ?」
「だったら、誰が……」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。大体、作家のスキャンダルを、出版社が作るはずないじゃない。作家の評判が落ちれば売上にならないし、作家から恨まれたら、仕事を受けてもらえない。いいことなしよ」

それもそうだ。

押し黙った私に、鎌石さんは容赦なく大きなため息を浴びせかけた。

「とにかく、これ以上、先生の邪魔をしないでちょうだい」

ふかふかの絨毯の上でも音を立てそうな勢いで、鎌石さんはハイヒールの踵を返すと去っていった。
長い髪から、甘い香りが漂う。

鎌石さんの言うことは、もっともだ。
作家のスキャンダルを出版社が作ることは、考えにくい。

現に、うちに来ていたのは、マスコミではなく、一般の人たちのようだった。

一人残された廊下で、溜め息をつく。
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