一途な小説家の初恋独占契約
鎌石さんが、ジョーを取り込みたいなら、ジョーに不利になるようなことはしないだろう。
ここにまでやって来るような人だ。

それで、一瞬忘れていた……忘れたかった鎌石さんの肌蹴た胸元が蘇る。

足をもつれさせながら、もう一度35階へ向かう。

エレベーターのせいか、緊張のせいか、耳鳴りがする。
胸が痛い。

本当にジョーと鎌石さんは……。

ううん、一人で決め付けちゃダメだ。
すぐに行けば、分かるはず。

歯を食いしばって、涙が出そうになるのを堪えながら、部屋の前まで行く。

……3501号室。
ここだ。

インターフォンを鳴らす。

すぐに開かれた扉から、ジョーが顔を覗かせた。

髪から、水滴がポタポタと垂れている。
彼は、バスローブ姿で、ボディソープなのか甘く濃密な香りが湯気とともに漂ってきそうなほどだった。
明らかに、湯上りだ。

ジョーから漂う熱気とは裏腹に、私の心は冷えていく。

「汐璃? どうしたの?」
「どうしたのじゃないっ! ここに鎌石さんが来たのね?」
「ああ、ついさっき彼女は……」
「聞きたくないっ!」

堪らず、私は駆け出した。

「汐璃っ!?」

ジョーの慌てた声と、物がぶつかる音が聞こえたけど、構わない。
ちょうど止まっていたエレベーターに乗ったところで振り返ると、ジョーはいなかった。
そのまま階下へ向かう。

バスローブ姿で出てきたジョーが、すぐに追ってこられるはずがない。
そう分かっているのに、急に一人きりにされたような寂しさが心を締めつける。

ジョーは、鎌石さんと……そういう関係になったのかな。

美人で優秀な有名編集者だ。
女性としても、ビジネスとしても、誰もが彼女と近づきたいと思うだろう。

冗談だとしても、堅物な寺下部長までが色仕掛けを仄めかすくらいだ。
お互い、男女としての魅力に負けたのかもしれない。
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