一途な小説家の初恋独占契約
「汐璃ちゃん、私ね、給付型の奨学金でかなりの額が下りたんだよ」
「あれ? 奨学金は、貸与型のに申し込んでたよね?」
「それは、元々申し込んでいたやつね。それとは別に、大学から成績優秀者として表彰されたの。今年度の学費はタダ」
「本当!? すごいね!」
「この調子で行ったら、卒業まで学費はかからないよ。だから、汐璃ちゃんが仕事しなくても大丈夫だよ」

今度こそ、私は何も言えなくなってしまった。
胸がいっぱいで、言葉が詰まる。

妹が、携帯電話をスピーカーにしてくれた。

「みんな……ありがとう。会社を辞めるつもりはないんだけど……私の翻訳、よくできていたら、採用してもらえるかもしれないの。精一杯、がんばってみる」
「終わったら、一度帰ってきなさい」
「お母さんにも読ませて」
「あと、ジョー君のサインちょうだい!」
「……うん! 了解」

泣き笑いしながら、電話を切った。

部屋に運び込まれていた荷物の中には、ジョーの作品の翻訳の印刷物も、そのデータの入ったノートパソコンもある。

……なんだ。
とっくに諦めた夢だと思ったのに、未練たっぷりだ。

ジョーの作品は、全部邦訳してある。
それこそ、出版されたものから、手紙まで全部だ。

秋穂からもらった、ジョーの最新刊を開く。
扉には、ジョーのサイン。

――汐璃。

ちょっといびつなその文字が、温かく私を励ましてくれている気がした。

心臓の上に本を当て、じっと感じてみる。
10年間、日本語がろくに書けない頃から、ジョーはその二文字を丁寧に書き続けてくれていた。
それが、私たちの真実なのだと思った。

仕事で必要になることがあるかもしれないと思って、念のためにジョーの原著も家から持ち出していたのが幸いした。
早速、これまで翻訳していたものを見直し、修正していく。

寝る間も食事も惜しんで、翻訳に没頭するのは久しぶりだった。
いつの間にか夜が明け、そしてまた日が暮れようとしていた。
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