副社長と秘密の溺愛オフィス
「あら、それはわたくしが謝罪しなくてはなりませんね。うれしくてつい、彼を独占してしまっていましたから。今後気をつけますね。それと、こちらの資料をご覧ください」

 わたしの後ろに控えていた紘也さんが、立ち上がりわたしの手元のタブレットを操作すると、注文書が一枚表示された。

「工期の遅れの原因である材料の手配はすでに行われています。明日には現地に搬入予定です。すでに解決されている問題をいつまでも議論するのは、時間の無駄ですよね? 大乗専務」

「あ、う……まぁ」

 ぐうの根も出ない専務はわたしを責めていたときの勢いをそがれて、小さくなって椅子に座った。

 驚いたわたしは座ったまま隣に立つ彼を見上げると、小さくウィンクをした。

 ほっと一安心したが、ここからがわたしの出番だ。

「資材部が頑張ってくれたおかげで、すでに材料の手配はできております。きちんとした工期の修正については後日お知らせいたしますが、今の段階では納期に問題がないと思っています。ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。次の議題に移ってください」

 周りも納得したのか、これ以上の話は出てこなかった。ほっと安心したわたしはこっそりと、紘也さんを見る。

 彼は壁際に用意されていた秘書たちが座る椅子で、誰よりも真剣に会議の様子を眺めていた。その表情は秘書ではなく副社長の顔だった。

 しっかりしなくちゃ。


 こういう公の場での失敗は彼の地位に響く。入れ替わっている間は、わたしが切り抜けなくてはならないのだ。ぼんやりしてはいられない。

 再び会議に集中しようとしたところで、自分に向けられた視線を感じた。


 ふと顔を上げると、大乗専務がこちらを睨んでいる。その視線に込められた怒りの感情に思わず身震いしそうになった。さっと視線を逸らせたが、彼からの射抜くような視線は会議が終わるまで続いたのだった。
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