副社長と秘密の溺愛オフィス
「コイツ、甲斐建設の副社長だってさ。おい、あのおっさんからはちょっと怖がらせろって指示だったけど、金がまきあげられるんじゃないのか?」

「マジで? その金で国外逃亡とかよくね?」

 そんなこと簡単にできるわけないのに、ゲラゲラ笑っている。

 恐怖と悔しさで、目に涙がにじむ。なんとか冷静でいようとするけれど体がガタガタ震えて何もできない。

 どうしよう……紘也さん。

 行先も告げていない。彼がわたしがいなくなったのに気が付くのはいつだろうか。

 せめてさっきの電話で場所だけでも知らせておけば――。そう思うがスマートフォン自体もどこにいってしまったのかわからない。

 涙が頬を伝った瞬間、遠くから「明日香!」とわたしを呼ぶ声が聞こえた。

「まずい。誰か来た」

 若者のリーダーの声に、事務所内の空気が変わる。その瞬間わたしは猿轡をはずして「紘也さん! 助けて」と叫んだ。

「コイツっ」

 若者のひとりが胸倉をつかんで、わたしをなぐりつけた。勢いでパイプ椅子にぶつかり、派手な音が事務所内に響いた。

 倒れ込んだ体は痛く、殴られた頬は強烈な痛みの後に口の中に血の味が滲む。それでもわたしは、彼の名前を大声で叫んだ。

「紘也さん!」

「黙れっ」

 激高した犯人はもう一度わたしを殴ろうとした。そのとき――。

 ガッシャーン

 大きな音を立ててガラスが割られ、そこから紘也さんの顔が見えた。

「お、女か?」
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