副社長と秘密の溺愛オフィス
 さっきまで彼から離れることだけを考えていた。思い出すだけでも胸が痛くて……痛くて、この痛みはいつまでも消えないような気がしていた。それでも、彼と過ごした日々がいつかわたしの支えになってくれる。そう思って、覚悟をしたのに。

 後から後から流れ出る涙。紘也さんはわたしの泣き顔を見て、同じように目を赤くしていた。そしてわたしをそっと自分の胸に抱き寄せて、きつく抱きしめた。

 そのとき大地さんの手がわたしの腕を離した。

「よかったね、明日香ちゃん。やっと彼の本音が聞けて」

 顔をあげると、大地さんは停まっていた新幹線の入り口に向かって歩き出していた。

「甲斐さん。明日香ちゃんは今日は俺を見送りに来ただけですから。本当は一緒に連れて行きたかったけど、あなたが好きだからって断られました」

 紘也さんは胸の中にいるわたしをチラッと見た。そして何かを考えた後、苦虫を噛み潰したような表情をしてから、天を仰き「アイツ……」と小さく呟いた。

 大地さんが新幹線に乗り込む直前に、紘也さんに言う。

「何があったか、聞きません。でも次彼女が泣いたら、そのときは俺が彼女を奪いに来ますから」

 大地さんの言葉に煽られたせいか、紘也さんの腕に力がこもった。


「そんなことは、二度と無い。彼女を泣かせるヤツ--それがたとえ俺自信でも――許すつもりはないから。安心しろ」

 紘也さんの言葉に、大地さんはフッと笑いを浮かべるとわたしのほうを見た。

「明日香ちゃん、幸せにね」

 にっこりと笑った大地さん。それは小さなころからわたしに向けられていた「大地兄ちゃん」の笑顔だった。

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