副社長と秘密の溺愛オフィス
「……行くな」

「えっ?」

 低く掠れた声。聞き取りづらい……でも、まさか。そんなこと……。

「行くな。明日香」

 今度はちゃんと聞こえた。でも……どうして?

 そう言葉にしたいのに、突然の事態に喉が張り付いたようになって声がでない。

 すると紘也さんはわたしを振り向かせた。そしてまだ頑なに俯いたままのわたしの頬に手をあてて、上を向かせる。

 まっすぐな彼の瞳と目が合う。真剣な眼差しを受けると、捉えられたようになって、目が離せない。

「好きだ。明日香が好きだ。どこにもいかないで、ずっと俺の傍にいて欲しい」

「……っ」

 話をしようと思うけれど、驚きで唇が震えて声にならない。

 人混みの中、行先のアナウンスやベルが鳴り響き騒がしいはずなのに、わたしには紘也さんの声以外、何も耳に入らなかった。

 夢でも見ているのだろうか。紘也さんが、わたしを好きだって言った。放心状態でなんの反応もできない。

 そんなとき、今度は背後から大地さんがわたしの腕を引っ張った。

「何勝手なこと言ってるんだ。明日香ちゃんは俺と岡山に言って、両親に挨拶することになってる。今更ノコノコ出てきてひっかきまわさないでくれ」

「ダメだ! 明日香はどこにもいかせない。明日香を幸せにできるのは俺だけだ。それは絶対に自信を持って言える。愛してるんだ。明日香、君の全てを愛している」

 喉の奥が熱い。胸が痛いほど締めつけられて込み上げてくるものを我慢できない。涙をこらえようと目を閉じた眦から、涙がこぼれ落ちた。
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