過保護な御曹司とスイートライフ
「彩月。寒くない? もう、すぐそこだから」
「大丈夫です」
気遣ってくれる辰巳さんになんとか笑顔を作り、ここに留まりたいと主張する足を必死に進めていたとき。
「――鈴村?」
名前を呼ばれ、息を呑んだ。トクン、と大きく胸が跳ねる。
たった一言だけで引力みたいに、ひきつけられる。
前を向いたまま言葉をなくし……瞳に浮かび始めた涙を隠すようにうつむく。
誰だかはわかっていたから、振り向くことはしないで一度止まってしまった足を進めた。
振り向いていないから、成宮さんがどのあたりにいるのかはわからない。でも、声の届き方からしてだいぶ遠い。
マンション前にいるんだとしたら、このまま振り向かなければ見間違いだと思ってきっと追ってこない。
「彩月? 今、呼ばれてなかった?」
立ち止まろうとする辰巳さんの腕を掴み、歩きながら首を振る。
「いえ。いいんです。行きましょう」
「でも……」
辰巳さんが、「鈴村!」ともう一度私を呼ぶ成宮さんにチラッと視線を向けるから、「早く」と急かして歩く。
迷惑をかけたくないのに……なんで……。
部屋を出るときに見た時計は、まだ十九時半だった。だから、成宮さんが帰ってくる前に出て行こうと思ったのに……。
一瞬、どうしよう……と激しく動揺してから、自分自身を落ち着かせる。
辰巳さんは成宮さんの顔までは知らないはずだ。だったら、このまま別れられれば問題ない。辰巳さんだって、私が帰ればこの件に関してこれ以上追及はしないって言っていた。
そう思い、足早にマンションから離れる。
こんな別れ方になってしまったことへの後悔が襲い、苦しくなりながらもそのまま足を進め、辰巳さんの車が見えてきたとき……腕をぐっと掴まれた。