Darkest White
『今日は笹原さんとのミーィテングがあるからちょっとだけ遅くなる。ごめんね?』
『笹原さんとのお食事会があるの…凛ちゃん、今日は友美ちゃん家で食べてきてくれる?』
『笹原さん』という単語が現れて良いことなんて今まで一つもなかった。
その人の名前がお母さんの口から出るようになったのは、お母さんが去年新しい仕事に就いてからだった。
中学校が一緒だった人がいたのよ、なんて、少しだけ嬉しそうに語っているのが妙に記憶に残っていた。
「笹原さんには仕事で色々お世話になっているの。だから…お願い。良い子にしててね?」
お母さんの優しい微笑みが大好きだった。それは、『笹原さん』が嫌いという感情よりもずっと大きい気持ちだった。だからお母さんが喜ぶように、良い子にしていようとわたしは決めた。
初めて出会う笹原さんは、ひょろっとしていてなんだかもやしみたいだと思った。
色白で、黒縁メガネがあまり良い印象を与えなかった。
小さい目がちょっと変で、額にある赤い吹き出物が気になった。
「凛ちゃん…笹原茂です。いきなり現れてごめんね。」
だけどわたしの心はまだま子供だったから…良い子になんてしていられなかった。笹原さんのその微笑みがすごくいやで、ぎゅっと唇を結んで何も言わなかった。
そうしたら笹原さんは怒るのかな…そして、お母さんの前から消えるのかな…って、そう期待していたのかもしれない。
だけど笹原さんはそんなわたしを見て、申し訳なさそうに微笑んでいた。
『ごめんね。』
って。
今思い返せば、わたしは初めて出会った時から、笹原さんに謝らせてばかりなのかもしれない。