コガレル(番外編)~弥生ホリック~
夕食は断ったけど、カフェにだけ寄った。
「夢ちゃんに怒られそう」
「固形物を食べてないから、食事じゃないでしょ」
変な理屈を真顔で言う冬馬くんに笑ってしまった。
そのまま甘えて、送り届けてもらったのは圭さんの実家。
「すごっ…」
屋敷の前に車を停車すると冬馬君は、広い敷地を囲む塀と、ほんの少し見える洋館の天辺を見上げて呟いた。
「態度がデカイとは思ってたけど、相当家もデカイな」
とりあえず、否定はしないで曖昧に微笑んだ。
私は車を降りると運転席側に回った。
冬馬君はすぐに窓を開けてくれた。
「送ってくれて、ありがとう」
「俺こそ、付き合わせちゃってすみません」
私が首を横に振ると、冬馬君はハザードランプを止めた。
車を出すのかと思ったのに、発進しなかった。
「あの人、筋金入りですよ」
冬馬君はハンドルを握ったまま、そんなことを言った。
「一体、なんの話?」
「弥生さんが真田圭をフルことはあっても、真田圭から別れを切り出すことは絶対にない」
もしかしたら、冬馬君も圭さんの噂を見聞きしたのかも知れない。
「ありがとう、冬馬君」
「一途なのもちょっといいかな、と思ったんで、俺は」
そう、 圭さんはまっすぐな人。
本当はそばにいたいのに、熊本から離れようとしない私の方が意地っ張りで、きっと意地悪だ。
「弥生さんがどこに逃げたって、世界の果てまでも追いかけてきますよ、あの人」
圭さんが後ろにいるような気がして、思わず振り返った。
そんな私を見て冬馬君は笑った。
「本当に私でいいの?」
何となく照れくさくて話題を変えようと、ネックレスの入った手提げ袋を胸まで持ち上げた。
冬馬君は頷いた。
「きっと面白いことが起きますよ」
「面白いことって?」
意味深に笑うだけで、答えはなかった。
安易に引き受けてしまったことを、後に激しく後悔するのを、この時の私が知る由もなかった。
ウインカーを出すと、冬馬君の車は夜の坂道を下って行った。
車が見えなくなるまで見送ると私は、お正月以来の真田家の門をくぐった。