忘れて、思い出して、知る
「でも、あいつ俺に笑いかけて来て、私なら大丈夫って言った。今ここから逃げるわけにはいかないって。そう言われると俺、なににもできなくてさ」
「弱虫」
沙也加に言われて、聖は恥ずかしそうに睨む。
「あの男が怖かったってのもちょっとあるけど、あんなふうに言われたらうかつに近寄れなくなったんだよ!」
聖はなにもできなかった自分を責めた。
すると、栞がそっと聖を抱きしめた。
「聖君、ありがとうね。ただの代理なのに、お姉ちゃんのことしっかり見ててくれて。心配してくれて。お姉ちゃんもきっと嬉しかったと思うよ」
「でも俺、なにもできなかった……」
気付けば威勢のいい聖ではなく、ただの中学生の男の子に戻っている。
「ううん。声をかけてあげただけで十分だよ」
「お姉ちゃんは二十年前に両親だけじゃなく、妹も失った。そして、十年前に自分の娘を失った。だから、聖君のことを自分の息子か弟のように思ってたんじゃないかな」
栞は聖から離れ、まっすぐに目を見る。
「聖君に心配されて嬉しくて、聖君の言う通りに逃げようとした。でも、そんなことしたら次は聖君がひどい目に遭う。そう思ったから、お姉ちゃんは逃げなかったんじゃないかな」
「俺を、守ろうと……」
栞の言葉を素直に受け止める聖は、さっきまでとはまるで別人のようだった。
「うん、きっとそうだよ。だからそんなに自分を責めたりしたらダメ。お姉ちゃんも悲しむだろうし、聖君にそんな顔、してもらいたくないと思うから」