《クールな彼は欲しがり屋》
「じ、じゃあ、私が端に行きましょうか」
隣に座る佐野さんに提案してみた。

「いーわよ、このままで。あなたが主役なんだから真ん中じゃないと」

「でも、あの、課長の真ん前だと緊張しちゃいますし」

平静を装っていたが、実は必死だった。

冗談がきつい。

あの課長と向かい合って座るなんて、考えただけでも恐ろしい。

「昼間に佐野さん言ってましたよね?沢田課長と飲みたいとかなんとか」

「いーわよ、別にこのままで」

「で、でも」

なんとかしようとしていた矢先にカチャリとドアが開いた。
ドアの方へ注目して、私は固まっていた。

沢田課長だ。
もう来ちゃった。

ウエストがシェイプされたダークグレーのチェスターコートが英国紳士みたいに似合っている。

「課長お疲れ様です。席、こちらでいいですか?」

「ああ、どこでも構わない」
沢田課長はチラッとテーブルの方を眺め、視線を移して私の方を見た。

一瞬、目が合う。

無表情な顔からは、今の沢田課長の感情までは読みとれない。

ただ、コートのボタンを外す沢田課長の指先を見て、また
思い出してしまっていた。


あの夜、もどかしいほど急いでカーディガンを脱いだ。ブラウスのボタンに自ら指をかけた時、私の手は男の手に掴まれていた。

男は、私の手を握り私の瞳をじっと見つめて、顔を近づけてきた。

男の唇が私のに触れ、一度離れてまた触れる。それを繰り返していき、キスが徐々に深くなる。

ブラウスのボタンに男の指先が触れて1つずつ外されていく。

男の指は長くて綺麗だった。切り揃えた爪は、艶があり清潔そうに見えた。

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