彼の甘い包囲網
「楓ちゃん、俺と付き合わない?」

お見合いの話から数日後。

偶然にも退社時間が一緒になった有澤さんに声をかけられた。

「……どうしてですか?」

意味がわからない。

「え、そう来る?
やっぱり面白いね、そういうとこも好きだな」

サラリと口にするこの人は、一体何を考えているのか。


「涼、いい加減にしなさいよ」

突如割り込んだ冷静な声。

「杏奈さん」

「冗談だよ、杏奈さん」

有澤さんは苦笑する。

「涼が言うと冗談に聞こえないの。
ちゃんと誘いなさい」

溜め息を吐きながら杏奈さんが有澤さんを促す。

「三人でご飯を食べに行こう」

朗らかに有澤さんが言った。

私は戸惑いながらも了承した。

有澤さんが選んだお店は会社からタクシーで直ぐの場所だった。

繁華街から少しはなれた病院や小さな商店が軒を連ねるいわゆる生活感が溢れる地域にあるこじんまりしたレストラン。

コバルトブルーのテントが目を引く落ち着いた佇まい。

「よお、有澤、杏奈さん」

「急に悪いな、貴島」

「いや、お前はいつも急だから」

「こんばんは、貴島くん」

白いコックコートを着た長身の男性がカウンターの中から声をかけた。

「奥、使うよ」

「ああ。
適当に料理、運ぶ」

三人の気安い話し方から付き合いがあることがわかる。

私は貴島さん、と呼ばれた男性に会釈をした。


「俺の大学の友人の貴島。
貴島、会社の後輩の楓ちゃん」

有澤さんに言われて、改めて挨拶をした。

「初めまして、安堂楓です」

「有澤の悪友の貴島博己です。
楓ちゃん、可愛いね」

柔和な顔立ちの貴島さんはいわゆるアイドル顔の美形だ。

相手に警戒心を抱かせず懐に入るのが上手。

そんなイメージを抱いた。
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