彼の甘い包囲網
「どうしてそんなこと……?」

ゴクリと喉が鳴る。

「ああ、そんなに警戒しないで。
楓ちゃんや蜂谷に何かしようってわけじゃないから。
まさか俺も楓ちゃんの彼氏が蜂谷だとは思っていなかったからね」

私はどう反応してよいか困って有澤さんを見つめる。

「……本当に思っていることが顔に出るね。
蜂谷が大事に思う気持ちもわかるよ。
楓ちゃん、この間お見合い話があったよね?」

コクン、と頷く。

「えっ、そうなの?
私、知らないんだけど!」

杏奈さんが吃驚の声をあげた。

「す、すみません。
佐波さんにも気にしないように言われて、それにお断りをしたので……」

「怒ってるんじゃないのよ。
私にとって楓ちゃんは可愛い大切な後輩なの。
だから、今度からはよかったら教えてちょうだい。
お相手はどんな人だったの?」

「……知らないんです。
お見合いする気はないか、って聞かれただけで」

歯切れの悪い私の答えに杏奈さんが険しい表情をする。

「何それ、おかしいわね。
何で新入社員の楓ちゃんに?
独身者なんていっぱいいるのに?」

「……さすが、杏奈さんは勘がいい」

底冷えのするような鋭い光を瞳に宿して有澤さんが微笑む。

最初に出会った時の彼と印象が違いすぎて戸惑う。

どっちが本物の彼なのか。

底知れなさを感じながらも、何処か奏多に似た掴みどころのなさも感じて。

私は彼を見つめた。

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