彼の甘い包囲網
「俺自身は蜂谷はどうでもいいんだけどね。
アイツは自分で何とでも道を切りひらくだろうから。
俺には俺の守りたいものがある。
そのためには楓ちゃんの存在が鍵になるんだ」


意味がわからない。

私と有澤さんは先日知り合ったばかりだ。

私と彼には何の接点もない。

なのにどうしてそんな話になるのだろうか。

何故、奏多にまで話が及ぶのだろうか。


「俺が瑠璃と姉弟なのは知っているよね?
俺の親父は美坂謙介、我社の社長だ。
俺達は周囲にそのことを悟られないように、母の旧姓を名乗っている」


驚くべき事実を言われた。

叫び声が出そうだったけれど、有澤さんの表情を見て息をのみこんだ。

杏奈さんを見ると、知っていたのか申し訳なさそうに頷かれた。

彼の眼は真剣で嘘をついているようには見えなかった。


「……どうしてそれを私に?」

「姉は蜂谷奏多の婚約者だったからだよ」


コンヤクシャ。

婚約者。

有澤さんの言葉が私の胸を射抜いた。

杏奈さんが私に気遣わし気な視線を向ける。

テーブルに置いた私の手が微かに震えていることに気付いた杏奈さんが私の手を握ってくれた。

「……嘘じゃないんだ。
正式なものでもなく、過去の話だけどね。
俺の両親と姉は乗り気だった。
……姉はずっと蜂谷が好きだったから」


ああ、ヤッパリ。



浮かんだ言葉はそれだった。

瞬時に過る瑠璃さんの私を見る瞳。

探るような視線。

威圧するような、忌み嫌うような雰囲気。

それは。

きっと。



嫉妬だ。
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