彼の甘い包囲網
「姉の私が言うのも何だけど。
小さな頃から奏多は優等生だったのよ。
手もかからないし、聞き分けもいいし。
相手の気持ちや場の空気を読むことにも長けていて。
嫌味なくらいに非の打ちどころがなかったわ。
だから私、あの子が嫌いだったの」

「えっ……!」

「だって何でもできるし、皆があの子を可愛がるのよ?
蜂谷グループの後継だ、将来は安泰だとか言って。
私なんて所詮、グループのメリットになるような家へ嫁ぐ道具にしか思われていないって思ってたの。
皆、奏多が大事で私なんてどうでもいいんだって。
随分卑屈な子だったのよ、私」

フフッと遠くを見て懐かしそうに千春さんは笑った。

「でもね、奏多が小学二年生の時に何気なく尋ねたことがあったの」




『ねぇ、奏多は何のためにそんなに勉強するの?
皆と遊ばないの?
充希は?』

『だって……おねえちゃん、すきなヒトとケッコンしたいんでしょ?』

『……え?』

『ボクがいっぱいベンキョウしてリッパになったら、おねえちゃんはじぶんのすきなヒトとケッコンできるよね?』





「……一桁の年齢の男子が真顔で言うのよ。
自分がしっかり跡継ぎになれば、私は自由に相手を選べるって。
私、それを聞いた時、何にも言えなかった。
奏多は私が抱えていた葛藤や気持ちに気がついてたのね。
私を自由にするということは自分が犠牲になるってわかっていた筈なのに。
奏多はそれを平然と何でもないことのように言ったの。
……敵わないと思った。
私は弟の何を見てきたんだろうって情けなかったわ。
どうして弟の言葉を聞かずに、他人の言葉ばかりを聞いてきたんだろうって後悔したの」


私は何も言えなかった。

奏多らしくて。

奏多は昔からヤッパリ奏多なんだと思って。


「それからね。
私は弟を守りたいと思ったの。
対等の立場になりたいって。
この子の凜とした優しさを大事にしたいって。
奏多と約束したの、これから私はどんな時も奏多の味方になるからって。
だから私のことは姉というより友達みたいに名前で呼んでねって。
奏多もいつか出逢う大好きな女の子と結婚しなさいよって」
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