彼の甘い包囲網
「……心の底からまだ祝福はできないし、今すぐ奏多くんを諦めることはできないけれど。
……奏多くんと幸せにね」

瑠璃さんは寂しそうな笑顔を浮かべて私に言った。

それから、私の真後ろにあるドアを見つめて大きな声を出した。


「どうぞ、入ってきてください。
話は終わりましたから」


振り返るとガチャッとドアが開いた。

入ってきた男性。

端正な顔立ちに均整のとれた体躯。

サラサラの髪に、鋭く綺麗な紅茶色の瞳。

……奏多。


「……気付いていたんですか?」

「今日帰国されると伺っていましたので。
恐らく安堂さんに会うために、こちらにいらっしゃるだろうと思っていました」

「有澤さん、いえ、瑠璃さん。
こんな形になってしまって申し訳ありません」

「……謝らないでください。
あなたに謝られると惨めになります。
それに私もあなたの大切な人を傷つけました。
お二人に謝らなければいけません」

奏多はゆっくりと首を横に振った。

「……これからは宜しければビジネス上のお付き合いをお願いします」

そう言って、瑠璃さんは会議室を出ていった。

潔い程の瑠璃さんに私は頭を下げた。

涙が零れそうになるのをグッと唇を噛み締めてやり過ごす。


「楓」



頭を下げたままの私に奏多が声をかけた。

ノロノロと顔をあげた私の瞳に映る奏多の綺麗な顔。


「楓、ただいま。
……ごめんな」


滅多に謝らないくせに。

いつも偉そうで自信満々な態度なのに。

私の様子を窺うかのように紅茶色の瞳が揺れている。

噛み締めた唇を労るように長い指が私の唇に触れる。

温もりが身体中にジワリと広がる。


「……楓?」


優しい声で名前をもう一度呼ばれて。


限界だった。

「か、なた……!」

奏多の胸に飛び込んだ。

奏多の胸からはいつもの香りの他に様々な香りがした。

だけどその温もりも腕の逞しさは変わらなくて。

安心して懐かしくて涙が滲んだ。

「……ごめんな……」

奏多はもう一度私に謝った。

私は首を横に振った。

帰ってきてくれた。

抱き締めてくれた。

それだけで充分だった。

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