彼の甘い包囲網
瑠璃さんに言われて、記憶を呼び起こす。

……こんなに印象深い人に会っていた……?

ハッと思い当たる。

奏多と初めて会った日。

同じく初対面だった充希くんの隣りにいた華奢な綺麗な女の子。


「……あの時の……?」


思わず声を漏らす。


「あら、覚えていてくれたの?
あの頃から私はずっとあなたを恐れていたわ。
いつかあなたが私の好きな人を奪ってしまう、そう思っていた。
……その日が来てほしくなくて。
何とか私だけを見てほしくて色々気を惹こうとしたけれど。
全くダメだったわ。
私は彼の唯一にはなれなかった。
……わかっていたの、だけど頭ではわかっていても心がついていかなかった。
奏多くんは最後まで了承しなかったけれど、私はずっと筆頭婚約者候補だと言われてきた。
……それだけが私の拠りどころだったの」

覇気のない声で話す瑠璃さんの姿はとても儚げで。

これまで会社内で会った、どの瑠璃さんの姿とも違っていた。

「わかっていたのよ、あなたには敵わないこと。
あなたは何もないと私に言ったけれど、それが私にとっては一番の脅威だって知ってる?」

「……え?」

「何ももたないということは、奏くんはありのままのそのままのあなた自身を選んだってことなのよ。
背景にある利権や思惑も関係なく、ただあなた自身を求めたってことなのよ。
……私にはできなかった」

胸が詰まる。

何も言えなかった。

瑠璃さんは瞳を伏せた。

綺麗にマスカラが塗られた長い睫毛が頬に影を作った。


「……それでも私には奏多くんしか想えなかったの」


零れた言葉は酷く頼りなくて、切なかった。

同じ人を好きになったから。

『好き』の形は違っても。

その切なさや胸の痛みがわかる。

私に何が言えるだろう。

瑠璃さんは瑠璃さんなりに必死に奏多を好きだっただけ。

ただそれだけだった。


「名ばかりの婚約者という立場に甘えずに、プライドを捨てて、彼にすがり付いていたら何か変わっていたのかしらね。
……あなたに迷惑をかけたり、居心地の悪い思いをさせていい筈はないのに、ごめんなさい」


やはり瑠璃さんは杏奈さんが言う通り、とても優しい人だと思う。

こんな時でも、私にきちんと話をして謝罪してくれている。

噂のこと、諸々のことが瑠璃さんのせいではないにも関わらず。

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